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■『週刊朝日』に「取材には応じないよう」言われたものかき ~『橋下vs朝日』より大事なこと


 大阪市長の橋下さんと、その橋下さんについて決して公益に資することのない記事を書かせた「週刊朝日」。

 その構図の中で、実際に記事を書いたノンフィクション作家の佐野眞一氏は、「『週刊朝日』に取材には応じないよういわれている」夕刊フジにコメント拒否の理由を答えたそうだ。

 朝日新聞も、その子会社が作っている「週刊朝日」も、報道の社会的価値を見失ったから、業界全体の売上が落ち続けていることに対して、まったく鈍感だ。

 そのことは以前のブログにも書いたので、今さら朝日新聞だけでなく、多くのマスメディア企業が『原発ムラ』を同じように身内を守って社会悪をまきちらす既得権益にすぎないことを指摘するまでもないだろう。

 「橋下VS朝日」という構図は、朝日新聞以外のマスメディアに利益をもたらすキャッチコピーなので、そこにことさら目をつける必要はないし、例の連載が終わったからといって、「週刊朝日」が編集方針を本質的に変えることもないだろう。

 なぜなら、既得権益を守りたい企業では、表向きだけは事態を収束させる「内側のルール」を最も優先するので、「週刊朝日」の編集長を退社させたり、朝日新聞出版の社長のクビを切ることもしないはずだから。

 本当に公益に資する仕事(=社会的価値のある仕事)をまっとうしたいなら、編集長や社長がその価値を貶めたという理由で十分、更迭もしくは辞任に追い込むのが、トップ・マネジメントの王道である。

 それができないなら、その組織は、社会的価値よりも自分たちの既得権益を守りたいのだ。
 いまふうにいえば、ブラック企業ということ。

 ブラック企業は、そこで働いている部下もつらいが、その仕事の結果として商品を買うことになる消費者(=市民)にとっても、精度の低い情報を買わされるのだから、二重の意味で「ブラック」なのだ。

 朝日新聞グループにどれほど優秀な人材がいようとも、組織人としてはただの社畜であり、高い年収という札束で横面を張り飛ばされれば、シッポを振る犬と同じである。

 そんな組織で長年働くことにどんな誇りがあるか、さっぱりわからない。
 引退して肩書きがなくなった後、孫に昔の自慢をする頃には、その組織も外資に売り飛ばされてるだろう。

 しかし、そんなことより、僕らフツーの人々にとって、はるかに深刻な問題は、そういう組織の一員でもないのに、雑誌編集部にシッポを振るフリーランスのものかきがいることだ。

 雑誌記事も、テレビ番組も、マスメディア上の多くのコンテンツは、雑誌社やテレビ局の正社員ではなく、その下請けとなっているフリーランスのライターやディレクター(あるいは制作会社)によって作られている。

 以前のブログでも書いたが、雑誌が安いギャラでフリーライターに取材・執筆させた記事が無ければ、雑誌は発行できない。

 それなのに、昨今では取材経費や交通費、インタビュー取材の裏取り経費などを縮小(もしくはカット)しているので、ただでさえ情報の精度は落ち続けている。

 遠方まで取材に行ったり、電話だけでインタビューした相手の言い分を後で関係各所に確認しようと思えば、そこに多くの経費や時間、手間がかかることは、誰でも想像できるだろう。

 つまり、経費が無ければ、遠方にはいけず、裏取り取材もできないので、情報の精度は低くなるのだ。

 情報の精度が低くなるということは、怪しい情報がはびこるだけでなく、本来ならもっと社会的価値のある記事をメディアに載せることができなくなることを意味する。

 情報の精度が落ちて困るのは誰?
 僕ら、読者である一般市民だ。

 いくらネットが流行っても、その記事を作っているのは、新聞、雑誌、テレビであり、ネット独自のジャーナリズムなどないからだ。

 だから、良心的なフリーライターなら、情報の精度を落とさないように、自腹を切って金をかけ、自分の記事の精度を維持しようと努める。

 町工場の職人が、どんなに安く買い叩かれても、自分が作る商品の品質を守ろうとするのと同じだ。

 いや、「稼げるけど誰も幸せにしないプログラム」を書くのがイヤで転職を繰り返してるITエンジニアだってそうだろう。

 誰だって、自分の仕事内容が顧客にとって最低限の品質を守れないのに売り続けるのは、気が引けるはずだ。
 しかし、そういう自分の仕事の公益性を守ることこそ、人は働く誇りを持てる。

 フリーライターも、記事の品質を守るだけの取材(仕事)をやったからこそ、どんなに安く記事を買い叩かれても自分の仕事に誇りをもてるのだ。

 自分が書いている雑誌の言いなりになるなら、その仕事、やめてくれ!
 自分が食えなくなっても、本当のことを読者へ届けられる。
 そのことだけが、安いギャラでも耐え忍んで仕事をするフリーランスの誇りなんだ。


 その誇りまで失って、ブラックな仕事を続ければ、それは情報の精度を下げる社会悪であり、読者=市民を裏切る背徳行為であり、メディアの自殺だ。

 この仕事への誇りがあればこそ、経費カットも安いギャラも耐えられるのだ。
 おかげで貧乏もするが、読者を思えば、手は抜けないのだ。

 そして、自分の仕事への誇りがあればこそ、取引先である雑誌編集部に対して、「報道の中立性を保てなくなる偏向記事はやめてくれ」とか、「著者に断り無く編集権を行使しないでくれ」と対等な意見が言える。

 ちなみに、編集権とは、雑誌や新聞の編集部、テレビ・ラジオの放送局が持っている権利で、フリーライターや放送作家の書いた原稿を自分の都合でいかようにも捻じ曲げて自社が伝えたいように伝えられる権利のこと。

 どれだけフリーライターが深く広く取材をしようとも、雑誌編集部は編集権を行使して文章を変えられる権利があるため、ライター側がは著作権を行使して「そのように直すなら掲載を拒否する」と反対できるのだ。

 だから、その雑誌の編集方針に納得できなければ、編集部に対して断ることで、取材を積み重ねてきた自分の仕事を守ることが出来る。

 しかし、ライターの取材が、最初から雑誌編集部の良いなりで、その言いなりに沿った事実しか拾わないのであれば、それは「雑誌編集部の犬」であり、今回の騒動なら「朝日村の犬」に成り下がることになる。

 橋下氏に関する記事を書いた佐野さんは、編集方針に納得した上で記事を書いたはずだ。

 それなのに、いざ騒動になった途端、「週刊朝日に『取材には応じないように』といわれている」とコメントした。

 多くの人に誤解してほしくないので、はっきり言っておくが、フリーライターは雑誌に所属していないので、いくらでも自分の意見を自由に言える。

 というか、自由に言わなければならない。

 もし自由に言わなければ、「お前は雑誌編集部から記事のギャラ以外に説明できない利益供与を受けているんだろ?」と勘ぐられてしまうからだ。

 こんな不信感を読者に抱かれてしまったら、個人名で仕事をしているフリーライターは仕事がもうできなくなる。
 だからこそ、記事を載せた雑誌編集部に何を言われようとも自分の意見は言うべきだし、そこにこそどんな権力にも屈しない「報道の自立性」がある。

 こんなことさえわからずに、「朝日村」にズブズブのような印象を残してしまった佐野さんは、すべてのフリーライターに謝罪していただきたい。

 多くの名もないライターは、くだらない取材不足の編集者に対して「やれやれ」と内心思いながらも、「編集さん、そういうふうに赤を入れるとニュアンスが違うんで困ります」と日々戦っているんですよ。

 戦えば、編集部から「面倒な奴」と思われて、仕事がなくなるリスクが高まるけれど、戦わなければ、自分の署名原稿で社会的価値の低い情報を読者に買わせ、読者の大事な時間を奪うことになる。

 そして、多くのフリーライターは、あのような下品な記事で稼ぎたいなどとは思わないし、編集者に煽られてあんな記事を書くぐらいなら腹をすかせていたほうがマシだというプライドすらある。

 佐野さんぐらい名が売れ、本が売れていれば、あんな記事を書く必要もないだろうし、断ることもできただろう。それがどうしてもできなかった理由があるなら、その理由こそきっちりコメントしていただきたい。

 相手が政治家だからって、やっていいことと悪いことがあるし、そもそも政治家はその人格や経歴ではなく、仕事で評価するというのが、教養人の最低限度の政治姿勢だ。

 週刊朝日はそれを忘れ、社会的価値よりも雑誌の売上を優先した編集方針のまま、今後ものうのうと読者をバカにした記事を載せ続けるのだろう。

 ただ、この一件でも目が覚めない他のマスメディア企業も、取材の先々で取材拒否・コメント拒否を今後、続々と経験することになるはずだ。

 僕らには、取材を拒否する権利が誰にでもある。
 それは、自分自身の誇りを守るためであり、自分の所属先のためではない。

 報道の社会的価値を見失ったメディア企業は、売上減の果てに、やがて外資に食われるかもしれない。
 その前に、誇りあるトップ・マネジメントを社長ができるだろうか?

 それとも、ネット時代についていない自分を認め、潔く早めに退陣し、社会起業を学んだ若い世代に建て直しを任せるだろうか?

 そこで社長の器が問われうだろうが、いずれにせよ、マスメディアが社会的企業に進化するためには、読者からの不信感が追い風として必要なのかもしれない。

 テレビ局や新聞社、雑誌編集部に勤める若い社員は、それに備えて社会起業を学んでおいてほしい。
 それが、君と君の勤務先を助けることになるだろうから。

★社会起業家・養成ゼミ TOKYO
http://socialventure-youseizemi-tokyo.blogspot.jp/

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