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■次世代のセックスワークを考える ~「関係の構築」によって社会的価値を作れないか?


 セックスワーク(性風俗)については、過去に下記の3本のブログ記事を書いてきた。

■風俗も今後、ソーシャルビジネスの1分野に ~次世代の性サービスを考えよう!
http://createmedia.blog67.fc2.com/blog-entry-197.html


■セックスワークを性教育の新事業に ~ソーシャルビジネスの視点から性風俗を考える
http://createmedia.blog67.fc2.com/blog-entry-198.html


■次世代のセックスワーカーの収益モデル ~風俗店の求人広告を無料で掲載できないか?
http://createmedia.blog67.fc2.com/blog-entry-199.html



 上記では、女性が働き、報酬を得ることを半ば前提にしたところがあるが、日本のセックスワークが誰にとっても歓迎される職業に変わるとしたら、むしろ男性が報酬を得るセックスワークに対して女性からの素直な共感が集まるようなサービス内容が求められていくだろう。

 上記リンクの記事でも、セックスワークを福祉や教育などの分野の事業として読み直す視点にふれておいたが、たとえば、男性器を女性が安心して観察する機会は、日常生活ではなかなか無い。

 美術教育の一環として全裸デッサンをする際にも、性器だけを見る目的ではないし、性病科などの医療現場でも治療対象以外の視点で見ることは無い。

 しかし、男性器を膣に入れる女性にとって、どんなものが自分の中に入るのかについて無関心ではないはずだ。

 僕自身、これまでの経験上、性行為の前後に「見せて」と言われ、まじまじと見られたり、「触っていい?」と言われながらいじられたりすることは珍しくなかった。

 これはべつに僕の男性器が特殊であるということではなくて、男性器をまじまじと観察したり、気兼ねなく触ったりすることで、「どういうものなのか」を確かめる機会そのものが無かった女性が少なくないことを示唆していると思う。

 女性が女性自身の性器を観察する機会は、奥まっているがゆえに、試みる人がまだ少ないのかもしれない。

 でも、男性器であっても、観察したり、いじったり、反応を確かめるなどの言動は、それを容易に許し合う「関係」を構築できて初めて自然にできる作法だろう。

 それに思い当たる時、長らく売春が「悪いもの」として社会からイメージを刻印されてきた理由の一つが見えてくる。
 つまり、「『関係』の内実も不確かなよく知らない相手との性行為は危険だ」という不安と恐れだ。

 その割に、互いに相手の性器を見つめることが「恥ずかしい」で思考停止してしまい、なかなか「見せて」と言い出せない人も珍しくないだろう。

 それを裏返せば、どんなに愛し合っているつもりのカップルでも、お互いの関係の内実や信頼の精度に自信を持っていないからこそ、「自分達より関係の薄い相手と性行為をするなんて」という非難につながってくるような気がする。

 もちろん、性器を見せあいっこすれば完璧な関係だ、なとと言いたいのではなくて、性風俗を容認できない人たちには、関係の内実にこだわるあまりに、セックスワーカーがどれだけ自分と相手(客)を傷つけないように配慮しているかに思い至らないのではないかと、勘ぐっているだけだ。

 「不特定多数と頻繁に性行為をしているのに、いつ性病検査に行ったかわからない人と性行為なんてできるか?」という不信感は、セックスワーカーとの関係に関心を持てないために、個人的資質を疑うものだ。

 もちろん、「はじめまして」の相手に対して、どんな信頼の担保もありえないと考えるのも一理ある。
 そうした考えは、「関係の構築も次世代のセックスワークに求められている一つだ」と示唆している。

 安心して男性器が見られて、気軽に触ることができ、男それぞれに形状も反応も機能も異なることを確かめられるサービスは、今後のセックスワークの一つになっていくかもしれない。

 だが、そこでも「安心して見る」ための仕組みの中に特定の性器と個別の顔(人格)をもった存在との関係の構築が事前に必要になるし、その事前の段階こそ教育事業としてセックスワークが容認されうる可能性を秘めているように思う。

 どんな女性にとっても、あるいはどんな男性にとっても、性器は単体として成立しているのではない。
 どんな性器の持ち主にも、顔があり、その人固有の人生がある。

 それを男性自身が知る機会としても、男性器を女性が自由に観察できるサービスは有意義だし、女性向けのセックスワークとして、男性器を気軽に見られるだけの関係の構築そのものがサービスになりうることも理解しやすくなる。

 それは、ストリップのように鑑賞するだけだったり、お触りがご法度と知りつつ触ってみるというようなものではなく、必ずしも性的興奮に導くものでもないし、性的興奮に特化した目的で提供されるサービスでもない。

 男性器を自由に貸し出すことによる教育的価値が適切に提示され、それが既存の風俗のあやしさを払拭して余りあるものとして信頼と共感を集められるサービスの仕組みを生み出せば、女性のセックスワークも変わらざるを得なくなる。

 もっとも、セックスワークのサービス自体が実質的に変わっても、ホンネとタテマエを使い分ける日本では、タテマエとしての体裁を整える必要がある。

 警察が届出を素直に受理するだけのサービスの仕組みを作るか、警察が「うちらの出番ではない」と判断して寄ってこない仕組みを作る必要が生じるのだ。

 これは、性器を出すだけで「いたずらに性欲を刺激」と受け取られてしまう余地をどれだけ無くせるかという課題でもある。

 関係の内実を分かち合った2人がホテルで性行為を行っても、処罰の対象にはならない。

 だとしたら、関係の内実を分かち合えるところまでどんなサービスを提供するかは、今後のセックスワークを変える一つの方向性だろう。

 その具体的なサービスの仕組みは、冒頭のリンク集をヒントに、今後の課題として考えておきたい。

 それにしても、たかが密室の性行為が警察の世話を必要とする現代の日本社会は、後世の人から見れば、「お気の毒」に映るんだろうなぁ。

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