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■セックスワークを性教育の新事業に ~ソーシャルビジネスの視点から性風俗を考える


 性風俗をどう変えるかについて、前回のブログ記事で書いた。
 今回は、その一つのアプローチとして、「教育産業」としての可能性を考えてみたい。

 「新しい性の公共」を目指すホワイトハンズは、自力では射精ができない障害者向けに「性的介護」という新しいサービスを始め、障害者の自宅へ出張して「射精介助」を売り出した。

 これは、福祉という分野にサービスを組み込む形で性産業の新たな地平を切り開いたともいえるし、消費者にとっては「既存の性風俗以外の選択肢」を得たことになる。

 福祉は、社会に受け入れられている文脈の仕事であり、障害者以外にも多くの市民から社会インフラとしてまだまだ改善・開拓を求められている事業分野でもある。

 福祉という既に社会にオーソライズされている仕事の新事業という文脈に担保されて始まったからこそ、ホワイトハンズは消費者から支持され、現在も事業を進め、拡大し続けることが出来ているのだ。

 それに習えば、教育という事業分野の一つとして性サービスが提供されるというあり方も試みられていいはずだ。

 日本の公教育における性教育は、性の現場からは遠い座学になっており、それゆえ多くの問題が起こっている。

 低学力の高校では、妊娠・性病・堕胎などの問題が日常茶飯事であるのはもちろん、性的虐待やレイプなどの問題でも、児童相談所や婦人相談センターなどの役所に相談するという知識すらなく、性のトラブルに関する法律相談の窓口情報やジェンダーの多様性、デートDVなど、実践の知恵を学べるチャンスが無い。

 そういう意味では、市民として最低限度必要な性の知識と技法を学べるだけの「基礎的な性教育のバージョンアップ」と、セックスワークの労働者として消費者に価値の高いサービスを提供できるようになるためにさらに高度な知識と技法を習得する「性のプロ」の2段階での性教育が必要なはずだ。

 つまり、性教育を実践で学べるという教育産業の新しい分野としてセックスワークを再定義することによって、社会に容認されやすく、市場からも一定の支持が得られる性サービスの可能性を考えてみたいのだ。

 ここでは、現状の性風俗におけるさまざまなグレーゾーンをそのままにした上での発想はとりあえず度外視し、あくまでも「社会に受け入れられる文脈」を担保できる性サービスをどう作るのかについてのみ言及する。

 現状の性風俗では、労働者(風俗嬢)への研修の内容や徹底振りは明らかにされていない。
 性サービスの質や労働者のサービサーとしての意識は、極めてあいまいだ。

 しかも、セックスワーカーが何の信頼の担保も無いまま匿名のままで働き続けるままで、性風俗に対する偏見や差別はなくなるだろうか?

 売る側・買う側が、お互いに相手に対して安心できる仕組みがはっきりと担保されないからこそ、「不当なリスクにガマンするぐらいならセックスワークなんてダメだよね」という風俗嫌いが根強くいるのだろう。

 誰もがいつでも安心して性サービスを受けられる権利が行使できるのが健全な社会だとしたら、サービスを提供する側が社会の誰からも信頼されるだけのサービス内容に変えていく必要がどうしても生じるはずだ。

 しかし、現状の風俗には、労働者の心身の健康や衛生、権利や生活などに関する意識を高める工夫も機運もない。
 それは、顧客満足度を高める意識が、経営者にも労働者にも平均的に低いせいかもしれない。

 他の業界では、そうした場合、業界健全化のためにさまざまな努力をして、収益向上を目指す。
 それまでの意識の低さを克服し、自分たちの仕事の価値を広く社会に受け入れられやすいあり方に変えようとするわけだ。

 そこで、教育産業として「性のプロ」を養成する事業を作ることは、既存の性風俗には抵抗がある市民にも開かれた市場を作ることになるかもしれない。

 たとえば、ホワイトハンズが性的介護を民間資格として位置づけて、合格者のみを労働者として認定していることは、大きなヒントになる。

 ホワイトハンズでは、性的介護のための基礎テキスト実践的な研修などを作成し、従事者になる前に有料で受講する。
 障害者を相手にする際に必要なスキルも同時に学ぶ必要があるからだ。

 これが障害のある・なしに関係なく提供できる性的介護として発展した場合(=性サービスを受けたい人を誰でも顧客にする場合)、教育費は教わる側が負担するため、研修として性サービスを受ける側は無料になりうる。

 やがて「性のプロ」に合格したなら、プロには労働の対価として正当な報酬が得られるようにすればいい。
 そこで、顧客から直接お金がセックスワーカーに支払われていては、「それは売春そのもの」という指摘は免れない。

 それならば、顧客からお金を取ることにこだわらず、べつの収益源で事業が回る仕組みを作るのも一つの妙案だ。
 そもそも、現状の性風俗の客自身にも、性に関する基礎知識が満足にあるかどうか疑わしい。

 それなら、性行為の前に客にも講義を受けてもらい、その学費を払って合格しない限り、無料での性サービスが受けられない仕組みにしてもいいだろう。

 現実を見れば、間違った性知識によって女性の体を軽視していることに無自覚な男もいれば、男が射精すればサービスが終わる(=顧客が満足する)と勘違いしている風俗嬢もいる。

 そうした現状では、性風俗の仕事の満足度が、労働者にも消費者にも関心外にされてしまうのも道理だ。
 介護がプロの知識と技法を必要とするように、性教育にもプロの知識と技法が必要になるのは当然のはず。

 たとえば、「性のプロ」として認定され、顧客満足度が高いセックスワーカーを既存の風俗店に良い条件でトレードできるようにし、派遣先の店でも指導料を徴収できるようにしたり、「性のプロ」としてキャリアが長くなれば、その年月と顧客満足度ランクに応じて指導料が高くなる仕組みにしたり、性教育を施す国内外の教育機関にも派遣できるように支援すれば、セックスワーカーの社会的な地位の向上にもつながるだろう。

 もっとも、誤解されたくないので明言しておくが、性サービス自体の対価として報酬を得ることを避ける「べき」なんて僕は考えない。

 むしろ、実践的な性教育を提供するプロセスを経て、教えられる側が成熟してきた場合、教える側のセックスワーカーとの「個人授業」における金銭の授受は、教える内容が性でなくても、水面下では既に起こっていることだからだ。

 教える・教えられるというやりとりの積み重ねによる「関係の成熟」によって両者の間に共に信頼度が高まれば、性交渉は起こりうることだ。

 それは、先生・生徒の間だけでなく、先輩・後輩の間でも起こりうるし、上司・部下の間でも起こりうるし、年上・年下の間にも起こりうる。

 金銭の授受のあるなしにしても、私たちの社会に既に普通に見られる。

 ホテルに相手を導くためにあれこれ飲食や物品をおごったり、あるいはおごらせたりというやりとりと、性行為後にベタに金銭の授受があることの間にどれほどの違いがあるのか、僕にはよくわからない。

 むしろ、関係の内実やその強度を確かめ合えるだけのクオリティが性教育の中にあれば、「あなたはまだ未熟だからその先を学ぶには学費が必要」という理屈も成り立つだろうし、そもそも信じ合える関係の構築とセットでない性サービスが既存の風俗の常識だからこそ、いつまでも売春はネガティブイメージによって忌避されてしまうのではないか?

 相互信頼の回路は、恋愛だけではない。

 恋愛以前に、相手の心身や立場や人間関係などを大事にし合える友情が分かち合えないからこそ、売春には危険さが常に疑われてしまうのだろう。

 しかし、最近では、恋人でもなく配偶者でもなく、かといって愛人でもセックスフレンドでもなく、「ただその時にしたかったからした」という若者は珍しくなくなっている。

 そこに、カテゴライズされない「ただの友達」(=性行為があろうがなかろうが)という関係はあり、その関係の内実や確かさを問うところからも、既存の性教育の限界を超えるべき課題が見えてくる。

 そうした今日、「性のプロ」によるセックスワークが普及することによって、既存の性風俗でのトラブルが劇的に減ったり、風俗以外の選択肢を得た人たちが性の悩みを解決できたり、セックスワーカー自身も安心して働ける環境を得ることができれば、その事業は社会性の高いものとして認知されるチャンスが大きくなる。

 このように、セックスワークは、セックスワーカーはもちろん、そのサービスを必要とする消費者、そして社会一般の3者すべてに支持される仕組みを得てこそ教育的価値の高い仕事になりうるし、それを実現してこそ「性のプロ」が職人として尊敬される時代を作れるように思う。

 とくに、性のリテラシーが低い途上国・新興国に対しては、日本の洗練された教育メソッドは輸出できるコンテンツになりうるはずだ。

 民間資格として優れた「性のプロ」を全国各地に輩出し、彼らが同時多発的に自分の住む地域で仕事のできる環境を整えてあげると同時に、自分の仕事が誇れる文脈を普及させるために、「性のプロ」応援団のライターや編集者、ディレクターを組織化し、それぞれの関わるメディアやイベントで「性のプロ」を招いた啓発を短期間に集中的に行えば、この国のセックスワークに関するいかがわしい空気は変えられる。

 僕は常日頃から日本の企業も非営利事業体も、まともな広報戦略をもっていないと嘆いている一人だ。
 そこで広報戦略コンサルもやっているが、昨年は日本財団でも2日間の広報戦略セミナーの講師を務めた。

 ビジネスには広く社会にアピールできるだけの広報戦略が必要だし、広告費を出せない非営利事業体なら、なおさら必要になる。

 とくに、社会的課題の解決に取り組み、解決の仕組みを新たに作り出すソーシャルビジネスに挑戦するなら、社会全体を味方にする広報戦略はシビアな課題になる。

 日本のセックスワークをどのように変えたくても、社会からのまなざしは無視できない。
 むしろ、社会を味方にできる方法を模索することによって、従来には無いセックスワークは作り出せるはずだ。

 性風俗が、性教育のアプローチによって新しい業態に変われば、「性のプロ」によるセックスワークによって性の問題に悩める多くの人を救えるかもしれない。

 しかも、ソーシャルビジネスによってセックスワークの問題を解決している事例は、ほとんどない。
 それどころか、ホワイトハンズすら、一部の社会貢献メディアでは、取材もしないうちから疎まれている。

 日本の社会貢献シーンでは、セックスワークはタブー視されているのだ。
 しかし、こうした逆風は、高い志で社会を変える人にとっては、成功への追い風になる。

 極めて優れたソルーションを打ち出した瞬間に、社会に大きなインパクトを与える。
 インパクトのある事業は、どんどん拡大することによって、社会に既成事実を広めていける。

 だから、改めて問う。

 セックスワークの社会的価値とは何か?

 どんな人に、どんなソルーションを提供する仕事なのか?

 そして、どんな仕事ぶりなら、誰に対しても誇れる仕事になれるのか?



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