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■ビートルズの名曲を日本語で歌えるように訳してみた (14)


 「ビートルズの名曲を日本語で歌えるように訳してみた」の第14弾です。
(※これまでのすべてのオリジナル訳詩と僕自身が歌ってる音源のリストは、コチラ


 では、『Birthday』から。

 これは、可愛い女の子が今日誕生日だと知って、「偶然、俺も今日なんだよ!」と調子良く合わせてパーティを楽しもうと誘うナンパの歌です。
 ビートルズの楽曲の中でも、無邪気にはしゃげるパーティ・ソングですね。 




バースディ (作詞・レノン=マッカートニー/訳詩・今一生)


きみのバースディ? 俺も今日だぜ
きみのバースディ? 楽しまないかい
うれしい偶然 Happy birthday to you

さぁ行こうぜ パーティ パーティ
さぁ行こうぜ パーティ パーティ
さぁ行こうぜ パーティ パーティ

踊ってほしい (バースディ)
そのチャ・チャ・チャンス (バースディ)
踊ってほしい (バースディ) ダーンス!


踊ってほしい (バースディ)
そのチャ・チャ・チャンス (バースディ)
踊ってほしい (バースディ) ダーンス!

きみのバースディ? 俺も今日だぜ
きみのバースディ? 楽しまないかい
うれしい偶然 Happy birthday to you



 次は、『Because』。
 この曲は、オノ・ヨーコがピアノでベートーヴェンの月光ソナタを弾いていた時、ジョンが冗談で、譜面を上下逆さまにしたら、ヨーコも面白がって、逆さになった譜面をそのまま弾いて見せたところ、そのメロディが意外と面白く、それにインスパイアして作られたと、wikipediaにありました。

 言われてみれば、そんな感じがしてきます。
 もっとも、歌詞の内容は哲学的で、東洋思想にかぶれたジョンっぽいフレーズが続きます。
 誰かを支配し、思いのままにするような欲望から解き放たれ、現実のすべてを受け入れる静かな愛を感じますね。

 これをベタに訳しても、ほとんど意味が通じないものになりかねないので、思いきり意訳しました。
 タイトルも、『ビコーズ』にしてしまうと、日本人はさっぱりわからないので、『僕らがここにいる理由』としてみました。




僕らがここにいる理由 (作詞・ジョン・レノン/訳詩・今一生)


地球は丸い だから悩ましいのさ
ここで暮らすんだもの

風が強い だから心ふるえる
そういう もんだよね

愛も同じ
変わらぬまま

空は青い だから泣けてくるのさ
あの空 が青いから…



 次は、『Here Come The Sun』。
 ジョージ・ハリスンの作った名曲の一つです。

 長い冬が終わり、暖かい日差しが照りつける日がやってきた喜びを歌っています。
 逆に言えば、それだけ私生活や仕事に寒々しいものが、これを作った頃のジョージにあったんじゃないかと思うわけです。

 『While My Guitar Gently Weeps』を作ったことも考え合わせると、ビートルズのなりゆきを冷静に見つめていたのは、ジョージだったんじゃないかな。




陽が上るよ! (作詞・ジョージ・ハリスン/訳詩・今一生)


まぶしいね 陽が上る ほら ごらんよ

これまで ずっと寒い冬だった
何年も 経ったみたいさみしくて
でもごらん 陽が上る ほら きれいだ

みんなの 顔に笑みが戻った
この時を 待ち焦がれていたんだ
さぁごらん 陽が上る ほら 春だよ

つ・い・に 来たね ぼ・く・らの 太陽
つ・い・に 来たね ぼ・く・らの 太陽 つ・い・に 来たね

氷も 少しずつ解けだして
この世界の 本当の姿になる
さぁごらん 陽が上る ほら 春だよ

さぁごらん 陽が上る
春だよ It's alright!



 次は、『I'm Only Sleeping』。
 これを訳してる最中、思い浮かんだのは、ユーミンの『12月の雨』でした。

「雨音に気づいて 遅く起きた朝は
 まだベッドの中で 半分眠りたい」

 おそらくビートルズの曲に刺激されて作詞したラブソングだと思うんですが、ビートルズの方はラブソングではありません。
 忙しく働きすぎてる現代人に対して、「そんなにあせらなくてもいいはず」と警鐘を鳴らしてるんですね。

 これを50年以上前に歌ってることを考えると、現代はもっとせわしない印象を持ちますね。
 1日中、寝ていたいもんです。
 自分の人生の時間の使い道を考えるためにも。





まだ眠いのに… (作詞・ジョン・レノン/訳詩・今一生)


朝早く目が覚めて あくびが止まらないよ
まだまどろみの中 もう一度 眠りたい

どうか邪魔せずに 放っといてよ まだ 眠いんだ

僕を怠け者なんて 言う奴は おかしいのさ
あせること無いのに 走り回って

僕の一日を無駄に
しないで まだ 眠い

窓の外の世界眺めて ゆっくりと
ベッドで天井見つめ 睡魔を待ってるんだ


僕の一日を無駄に
しないで まだ 眠い

窓の外の世界眺めて ゆっくりと
朝早く目が覚めて あくびが止まらないよ
まだまどろみの中 もう一度 眠りたい

どうか邪魔せずに
放っといてよ まだ 眠いんだ



 次は、『Julia』。
 ジュリアは、ジョン・レノンが17歳の時に交通事故で亡くなった母親の名前です。

 亡くなった母親を思い出し、いつでも自分のまわりに彼女の存在を感じているという内容の歌になっています。
 歌詞の中には、「Ocean Child」(海の子=洋子=Yoko Ono)が出てきます。
 ジョンは、小野洋子さんの存在にも、自身の母親の面影を見ていたのでしょう。

 もっとも、和訳ではそのへんのエピソードはバッサリ切りました。
 この歌が今後もずっと歌い継がれていく時、亡くなった母親が身の回りにいると感じていることだけが伝われば十分だからです。




ジュリア (作詞・ジョン・レノン/訳詩・今一生)


僕の言うことすべて
聞いていてほしいんだ ジュリア
ジュリア ジュリア そこに いるね

愛の歌 歌うよ ジュリア
ジュリア 貝殻 風も きみだね
愛の歌 歌うよ ジュリア

彼女の髪がひだまりで
ふんわりと きらめく

ジュリア ジュリア 夜明けさ そばで
愛の歌 歌うよ ジュリア

歌えない時でも
せめて話そう ジュリア
ジュリア 砂も 雲も きみだろ?
愛の歌 歌うよ ジュリア

いるね
愛の歌 歌おう ジュリア ジュリア ジュリア…



 次は、『Oh! Darling』。
 ビートルズの曲には、惚れた女に「俺を捨てないで」と懇願する内容が意外と多いんですが、この曲はその極め付けです。

 そういう歌の場合、たいていジョン・レノンが作るケースが目立ちますが、この歌はポールが作ったので、ジョン自身がこう証言しているとか。

「どっちかといえばぼくのスタイルの曲だ。
 でも彼が書いたものだし、しかたがないじゃないか」(wikipediaより)

 その後、離婚・結婚をくり返すポールを見ると、作曲の天才でも、なかなか恋愛は難しいようで…。




オー、ダーリン! (作詞・ポール・マッカートニー/訳詩・今一生)


Oh! Darling 信じてよ
もう傷つけ ないから
約束するよ この通りさ 頼む

Oh! Darling きみなしじゃ
なんにも できなくなる
謝るからさ 捨てないでくれ 俺を

この俺を もういらないなんて
言わないで へたりこんで 泣いちまう,
俺のこと もういらないなんて
言わないで 壊れて 死にそうさ

Oh! Darling きみなしじゃ
なんにもできなくなる
約束するよ もう傷つけないから

この俺を もういらないなんて
言わないで へたりこんで 泣いちまう,
俺のこと もういらないなんて
言わないで 壊れて 死にそうさ

Oh! Darling 信じてよ
がっかりさせないから
約束するよ もう傷つけない


 次は、『P.S. I Love You』。
 「追伸、 愛してる」というベタなラブソングです。

 ただ、歌詞がシンプルであればあるほど、一つ一つのフレーズが意味深にもなり、聞く人の境遇によっては新たな意味が付与されやすくなります。

 たとえば、「必ずきみの元へ 戻るからさ」というフレーズは、まるで戦場でドンパチやってる男が、「必ず生きて帰るから」と恋人に伝える時の深刻さまで思わせます。

 ポール・マッカートニーは、ソロになってから『Pipes of peace』という美しいメロディの反戦ソングを発表しますが、そのPVには戦場にいる男に奥さんからの手紙が届くシーンが描かれています。




P.S. I Love You (作詞・ポール・マッカートニー/訳詩・今一生)

いつもきみを 愛してる
忘れないで この手紙で
会える日まで大事に 僕の言葉を
P.S. I love you You you you

必ずきみの元へ 戻るからさ
P.S. I love you You you you

いつもきみを 愛してる
忘れないで この手紙で
会える日まで大事に 僕の言葉を
P.S. I love you You you you

いつもきみを 愛してる
忘れないで この手紙で
必ずきみの元へ 戻るからさ
P.S. I love you You you you

You you you
I love you



 次は、『Something』。

 上手く言えないけど、いい感じ。
 それが、誰かを恋した時に、誰もが経験する感覚でしょう。

 まだこの恋がどうなるかなんてわからないし、相手について詳しく知ってるわけでもない。
 でも、なんともいえず、相手の一挙手一投足に惹かれていく。
 その「萌え」を歌ったのが、ズバリこの曲です。

 だから、この歌では、自分が彼女にどうするかなんてことまでは歌われていません。
 むしろ、自己決定を優先せず、彼女の気持ちを「待つ」姿勢なんですね。

 そこが、東洋思想に飛びついたジョージ・ハリスンっぽい感じもします。
 なので、タイトルも「サムシング」のままより、「萌え」にしてみました。




萌え (作詞・ジョージ・ハリスン/訳詩・今一生)

そのしぐさ だけで 他の娘(こ)を忘れるよ
ああいいね 萌えちまう
離したくない このマジな恋

微笑む彼女見れば 他に誰もいらない
物腰で わかるのさ
離したくない 見りゃわかるだろう

「その愛は実るの?」なんて
聞かないで くれよ
僕もわからない
わからないんだよ


勘の良い彼女を
愛して待つだけさ
あの娘(こ)次第なんだ
離したくない このマジな恋



 次は、『Two Of Us』。
 さらりと読むと、気ままにドライブするカップルの歌のように思えます。

 ただ、ビートルズの歌詞には、表面的にはラブソングを装いながら、裏には現実のドロドロがあることを匂わせるものが珍しくありません。

 この歌も、ビートルズが制作した最後のアルバム『Let It Be』に収録された1曲であることを思えば、ジョンとポールが率いてきたビートルズのことを「これから先も作れそうもない良い思い出さ」と言っているようにも聞こえます。

 なので、ただ「家に帰る」という訳し方では、そのニュアンスが十分に伝わりません。
 そこで、「振り出しに 戻るんだ さよなら」と訳してみました。

 ちなみに、オフコースという日本のバンドも、もともとは小田和正さんと鈴木康博さんという2人組で、当初はサイモン&ガーファンクルの日本版のように売り出されてましたが、その後、バンドスタイルになると、ビートルズを意識したような活動を展開しました。





僕らふたりで (作詞・ポール・マッカートニー/訳詩・今一生)

僕らあてもなく 誰かの金使って
日曜はドライブ 行き先も知らない けどね
さあ帰ろう さあ帰ろう おうちへ

葉書を送ろう 壁にも書き置きを
タバコに火をつけ 荷物はおろして ゆくよ
さあ帰ろう さあ帰ろう おうちへ

これから先も 作れそうもない
良い思い出さ

晴れ渡る空に レインコートで一人
紙クズばかり追いかけてちゃ どうにも なりゃ しないんだ
振り出しに 戻るんだ
さよなら

これから先も 作れそうもない
良い思い出さ

晴れ渡る空に レインコートで一人
紙クズばかり追いかけてちゃ どうにも なりゃ しないんだ
振り出しに 戻るんだ
さよなら

(We're going home
Better believe it
Good bye)



 今回の最後は、『You're going to lose that girl』です。
 50年前の当時の邦題は、『恋のアドバイス』でした。

 もっとも、歌詞の内容は、友人に対して「君が好きなあの娘にきみが優しくしないなら、僕が奪っちゃうぜ」というもの。
 ちょっと過激なけしかけ方で、友人の恋を応援しています。

 1960年代当時なら『恋の~』というタイトルは、かっこよく受け取られたかもしれません。
 でも、21世紀の今だと、さすがにちょっと恥ずかしさを覚えますよね。
 なので、『彼女にやさしくしないなら…』というタイトルにしてみました。
 
 それにしても、自分が悪い男に思われても友人の恋を応援するなんて、ジョンはヤンキーのリーダーっぽいですね。




彼女にやさしくしないなら… (作詞・ジョン・レノン/訳詩・今一生)


行っちまうよ あの娘(こ)が ほら

今夜連れ出さないなら 心変わり
だって僕が連れ出すもん やさしくして

行っちまうよ あの娘(こ)が もうすぐ

友よ彼女をちゃんと 愛さなくちゃ
僕がやさしくすれば きみは一人

行っちまうよ あの娘(こ)が もうすぐ 行っちまうよ

しっかりと 奪ってやるぜ イェイ!
きみのへたれぶり見てらんない


行っちまうよ あの娘(こ)が もうすぐ 行っちまうよ

しっかりと 奪ってやるぜ イェイ!
きみのへたれぶり見てらんない

今夜連れ出さないなら 心変わり
だって僕が連れ出すもん やさしくする

行っちまうよ あの娘(こ)が もうすぐ 行っちまうよ



 では、次回の更新をお楽しみに!
(※これまでのすべてのオリジナル訳詩と僕自身が歌ってる音源のリストは、コチラ


 なお、今より生きやすい「よのなかの仕組み」を作り出すソーシャルデザインについて、もっと知りたい方は、以下のイベントに足を運んでほしい。

 予約が始まっているので、お早めにチェック!

■7・7夜 大阪でソーシャルデザイン「よのなかを変える人たち」(←クリック)
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 7月7日(火) 開場 PM6:30 開演 PM7:30~PM10:30/大阪ミナミ ロフトプラスワンWEST
(※Googleに日本一に認められたホームレス支援、LGBT、動物殺処分ゼロなどの団体が集合)



 なお、上記の記事の感想は、僕のtwitterアカウントをフォローした上でお気軽にお寄せください。

●ソーシャルデザインや社会貢献の活動や事業を取材してほしい方は、この記事を読んでください。

●このブログで100人以上がtwitterで拡散した最近の記事は、以下の通り。
 ■『絶歌』の著者を酒鬼薔薇聖斗「本人」と盲信する集団ヒステリーを終わらせよう!
 ■『絶歌』(太田出版)への出版差し止め・回収を問い合わせる窓口
 ■「酒鬼薔薇聖斗が書いた本」の著者が身元不明であることが確定された件(ツイキャス動画)
 ■「酒鬼薔薇聖斗の書いた本」が作る、新たな悲劇の始まりの予感 ~著者の身元の「証拠なし」が確定
 ■著者が「酒鬼薔薇聖斗」である確証を出版社が出さない時点では、本の内容の真偽も不明
 ■ソーシャルデザインの担い手たちの語りを動画で観よう ~6・3新宿ロフトプラスワン イベント
 ■ライターのギャラを安いままにしてると困るのはサイト運営者 ~金で無い価値に気づけ!
 ■気分はもう、戦争。 ~きみの作法は、きみ自身を生きやすくしているか?
 ■第5の虐待「文化的虐待」について本に書きたい ~書籍編集者を公募します!
 ■平和とは「関係」のこと ~「自分だけ良ければ」を主張するほど日本は小国じゃない
 ■『よのなかを変える技術』の目次を発表 ~14歳から読めるソーシャルデザイン入門書
 ■1週間の入院で僕も考えた ~誰かと共に暮らすために必要な自分の価値
 ■「助けてあげるよ」と言い寄ってこられたら、あなたは?
 ■自殺防止の番組で、自殺したくなくなった?
 ■15歳で文化を仕分けされる日本人

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

■本の商業出版を考えている個人・法人の方は、こちら(※もうすぐ〆きります)

■会社に雇われない働き方について相談したい方は、こちら

■NPO活動に毎月20万円程度の資金を調達したいなら、こちら

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■『絶歌』の著者を酒鬼薔薇聖斗「本人」と盲信する集団ヒステリーを終わらせよう!


 著者が誰か、出版した太田出版ですら知らない本『絶歌』にまつわる騒動を、そろそろ終わらせたい。
 それは、僕だけでなく、多くの人が願っていることだと思う。

 だから、僕は以下のブログ記事を書いた。

■著者不明の疑惑の本『絶歌』が社会に与え続ける深刻な問題
■著者が「酒鬼薔薇聖斗」である確証を出版社が出さない時点では、本の内容の真偽も不明
■「酒鬼薔薇聖斗の書いた本」が作る、新たな悲劇の始まりの予感
■「酒鬼薔薇聖斗が書いた本」の著者が身元不明であることが確定された件(ツイキャス動画)
■『絶歌』(太田出版)への出版差し止め・回収を問い合わせる窓口

 いずれも、この騒動のもつ一番深刻で本質的な問題をわかりやすく解説したものだ。

 もっとも、出版ビジネスがどれほど生きづらい社会を作り出すかについて、僕のブログ記事を読むまで思いもしなかった人は珍しくないのだろう。
 それほどノンフィクションの出版には、厳しい「モラル」(倫理)が問われるのだ。

 僕らの「知る自由」を守り抜くために、それは必要なことだから。
 そして、売ること・買うことが、それをした人自身の首を絞めることになるから。


■追記

 でも、ここで追記しておきたいことがある。
 それは、モラルの悪さをどんなに指摘したところで、モラル自体はなかなか向上しないってことだ。

 なぜか?
 モラルと自分の生活を天秤にかけて、自分の生活を優先し、モラルを捨てることを選ぶ人たちは、お金が不安だからだ。

 今日の日本が、格差社会であることは、多くの人が実感していることだろう。
 金持ちがますます金持ちになる一方、貧しい人はますます貧しくなっていく社会のことだ。

 こうした格差の拡大は、所得(経済力)だけでなく、教育(学力)、心理(精神力)、健康(体力)など多岐にわたる。
 それでも、貧しい当事者たちが連帯する余裕はなく、暴動が起きないのが日本なのだ。

 下流化すればするほど自殺や精神病、犯罪が増えることになり、それが治安維持や社会保障のコストとなって国の歳出が増え、歳出を埋め合わせるため、新たに増税がなされ、格差はさらに加速化していく。

 お金や気持ちに余裕が無い貧乏人にとって、自分自身の健康や他人への礼儀、清潔さや誠意、安全や将来設計、保険や教育投資などは「ゼイタク品」になってしまう。
 そのため、(中流資産層にとっては当たり前の)自分と社会との関係に無関心になりがちだ。

 すると、著者の身元が出版社にも不明だと、その著者の本の中身で描かれた事実の信ぴょう性が判断できない、というシンプルな理屈がどうしても理解できない人が出てくる。

 渋谷の交差点ですれちがっただけの人が、「俺、酒鬼薔薇聖斗。俺が書いた本を買って!」と頼んできても、胡散臭く思わずに金を出してしまうのと同じ愚かしさを自分がやってることに、ピンと来ないのだ。

 そうした人は、自分の関心の持てる範囲には食いつくが、自分の頭で理解できない情報だと感じたら忘れることにして、自分にとって都合のいい現実だけを見ようとする。
 身勝手そのものだが、お金も、心も、学力もない当事者にとっては、それが生存戦略なのだ。

 この「脱社会」ぶりを周囲の人が理解しようとしても、難しいかもしれない。
 金持ち・中流・貧困層はそれぞれ文化が異なるし、文化の違いは異文化からの一方的な配慮では乗り越えられないから。

 自分が異なる文化をもつ所得層と同じ環境で暮らしてみないと、文化の違いを想像するのさえ難しい。

 それでも、よのなかの仕組みや、その仕組みから外れることで起こるモラルハザード(倫理の崩壊)について、知っておいて損は無いと思ったから、冒頭のブログ記事を書いたんだ。

 誤解してほしくないのは、僕は『絶歌』の著者のニセモノ説を主張してるんじゃないってこと。
 出版社自身が著者の身元を確認してないことを告白した以上、「著者は誰にもわからない」という事実に注目しようぜって言ってるだけなの。

 『絶歌』の著者名は、最初から「名無しのごんべぇ」なんだよ。
 「元少年A」なんて、もっともらしく書くから、それを真に受ける人がいるだけなの。
 だって、太田出版は著者の身元を確認しないまま、出版しちゃったんだぜ。
 著者が誰なのか、太田出版ですら知らないの。

 その事実の意味を理解できれば、(新聞・テレビも含めて)多くの人が「酒鬼薔薇聖斗が書いた本」という触れ込みを鵜呑みにし、集団ヒステリーのように『絶歌』の内容に踏み込んであれこれコメントすることが、いかにバカバカしいことかもわかるだろう。

 太田出版は、『絶歌』を10万部も増刷し、累計発行部数は25万部(3刷)にした。
 「稼ぐバカ」たちは、いつまでも懲りないらしい。

 目の覚めた人たちは、そっと水面下で自分が無理なくできる抵抗をしていこう。
 自分で自分の首を絞める愚かな人たちが、いつか目の覚める時が来るまで。

 それが、社会の現実に対して、自分の中に眠っている良心を活かすことだから。

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■著者不明の疑惑の本『絶歌』が社会に与え続ける深刻な問題 ~自由の敵に、自由を許すな!


 太田出版は、『絶歌』(元少年A・著)を6月11日に発売して以来、6月24日までに、著者の身元に関して客観的な証拠を一切購読者と市民に明らかにしていない。

 しかも、同社取締役は「戸籍は調べていません」とコメントした。
 他方、同社に著者を紹介した幻冬舎の見城社長は、週刊文春の取材に答えてこう告白した。

「彼は何か身分証明書のようなものを出そうとしたから、『きみが酒鬼薔薇でも酒鬼薔薇でなくても構わない』と言った。(中略)いざ出版するときに確かめればいいと思っていたから」

 企業が事実や文脈と異なるコメントを雑誌に載せられた場合、発売直後に公式に抗議するのが通例だ。
 そうしなければ、自社に対する消費者からの信頼を失い、商売が成り立たなくなることを恐れるからだ。

 そして、6月25日現在、両社は自分のコメントが載った媒体に対して抗議をしていない。
 つまり、太田出版も、幻冬舎も、著者が「酒鬼薔薇聖斗」であるかどうかを、本の発売時点では確認していないことを認めたのだ。

 それどころか、太田出版の岡聡社長は、6月25日発売の週刊新潮の取材に答えて、こうコメントした。

「実名出版か匿名出版かについては、正直、あまりこだわりませんでした」

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 著者が「酒鬼薔薇聖斗」であるかどうかを本の発売時点で確認していないことは、確定だ。
 『絶歌』の著者が誰であるかは、誰にもわからないのだ。
 出版社自身がそう認めたのだから、「本当か?」などと疑う余地はない。
 
 著者が「酒鬼薔薇聖斗」本人だという主張は、太田出版の自己申告であり、宣伝文句にすぎなかったのだ。

 そして今も、著者の身元不明の本『絶歌』が、「ノンフィクションの手記」として平然と全国の書店やオンラインショップなどで売られている。

 ちょっと待て。
 「ノンフィクションの手記」とは、事実に基づいた内容を価値として読者に提供するものだ。

 だから、「ノンフィクション」として売り出す際には、著者の実名・著者の顔写真を公開するのはもちろん、本の内容も第三者が検証できる客観的証拠を出版社が確認することで、本を買う人に対して「事実に基づいた価値がある本」だと保証する。

 それが、出版業界では死守しなければならない商品品質として暗黙の了解になっている。

 『絶歌』ならびに太田出版が、購読者に対して必要最低限度の客観的証拠を何ら明らかにしていないことは、出版のルール(出版業界内の掟)を自ら破ったということだ。

 太田出版は、「ノンフィクション本には丁寧に確認された事実が書いているはずだ」という消費者からの信頼を平気で裏切った。
 それは、著者が殺人者であった場合よりも、はるかに深刻で大きな問題を出版業界と社会にもたらした。

 著者の身元を確かめる客観的証拠(事実)がどこにも無い以上、この本の内容について主観的に論じることは出来ない。
 お化けが書いた本について、「この内容は事実だ」とか、「いや、ウソだ」などと議論することはできないのだから。

 それどころか、著者が誰かもわからない時点で本の内容に踏み込んだ物言いをすれば、差別や偏見を助長するのに加担しかねない。

 覆面の人間が相手なら、その人に対してはどんな物言いでもしていいとなれば、その人間がたとえば統合失調症で妄想に苦しむ精神障がい者であった場合、みんなが寄ってたかって平気で罵詈雑言を浴びせ、自殺へと追い詰めることになりかねないからだ。

 それをふまえて事実だけを大事に確かめることが、冷静にこの騒動の意味を理解するために必要な構えだろう。

 社会学者・宮台真司さんは、ラジオ番組で下記のように発言している。
(※宮台さんが本件について話してる動画はコチラ。10分後から)

「当人が書いたかどうかも分からないし、当人が書いたとすれば彼にお金を払うのも不愉快なので、自分では買っていません。
 すでに買ったという友人から借りて読ませてもらいました」
TBSラジオ「デイ・キャッチ」より)

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 いずれにせよ、『絶歌』が今日も売られ続けている現実は、主に以下の5つの問題を拡大させている。

(1) 著者が不明でも「ノンフィクションの手記」として売る出版社が増えてしまう問題

(2) 新聞・テレビが著者の身元を確認しないまま「酒鬼薔薇聖斗が書いた本」という断定で宣伝として機能する問題

(3) 著者や出版社が出版前に遺族へあいさつせず、事後に本を郵送し、遺族に不当に不快感と不信感を与え続けている問題

(4) 「酒鬼薔薇聖斗」本人が孤立し、自殺や無差別殺傷に導かれる恐れが日に日に高まっている問題

(5) 一部の人が集団ヒステリーのように根拠なく「酒鬼薔薇聖斗」本人が書いた本だと信じ続けている問題



 僕(今一生)は、(5)の問題を一刻も早く収束させ、客観的な事実のみで一連の騒動を冷静に見つめるためにこのブログ記事を書いた。

 (4)については、前述した週刊文春が発売された6月18日に「『酒鬼薔薇聖斗の書いた本』が作る、新たな悲劇の始まりの予感」というブログ記事に詳しく書いた。
(※ツイキャスの動画を「ながら聞き」したい方は、コチラ

 (2)については、6月14日に「著者が『酒鬼薔薇聖斗』である確証を出版社が出さない時点では、本の内容の真偽も不明」というブログ記事に詳しく書いた。


■遺族への許可は不要だが、出版する自由を守るためにこそ、あいさつは不可欠

 (3)についてだが、遺族がどう思おうと、出版する自由と権利は守られる必要がある。

 取材する対象や、関係者の許可をすべてとらなければ、出版できないことが原則になってしまうと、たとえば政府や大企業、マスメディアなどの権力者にすら事前の許可を得る必要が出てきて、これは検閲につながる恐ろしい社会になってしまうからだ。

 だからこそ、自由と権利を主張する以上、その自由と権利に伴う責任や義務を果たすことが当然のルールになる。

 卑俗な例で恐縮だが、結婚前に子どもができてしまったカップルの場合、男は女の親に殴られるのを覚悟して結婚の許可を求めるあいさつに行く。

 そうしなければ、自分の愛する女性を育ててくれた両親をないがしろにしていると思われても仕方ないからだ。
 妻になる女を愛しているなら、妻の愛している両親との関係をマイルドにしたいと願うのが、男が負うことを社会から要請される責任だ。

 当然、そこで結婚を断られ、女の両親から半殺しにされようとも、それを黙って引き受けるのが自分の自由を行使する覚悟を示すことであり、両親との関係をないがしろにしたくない気持ちがある証拠を示すことである。

 もちろん、自分の両親を愛してない女性と結婚する場合、そんなあいさつは不要だが、通常は、相手の親が怖くても、その怖いという気持ちを正当化してしまっては、自分を守ることしか考えてない(=相手の哀しみをないがしろにする)のと同じだと考えるのが、社会人の常識だろう。

 だから、自分が叱られようとも、半殺しにされようとも、大事な女を守るためにこそ、女の両親の前に立つのだ。
 結果的に断られようとも、その礼を尽くすことが、最低限度の社会的責任を果たす行為だからだ。

 しかし、『絶歌』の著者である「元少年A」と、発売元の太田出版は、本が出版される前にあいさつに行くこともなく、本ができちゃった後ですら、遺族の前であいさつをしていない。

 これは、7年もの長きにわたって「酒鬼薔薇聖斗」本人から手紙を受け取り、気持ちを少しずつ和らげてきた遺族の気持ちを傷つけた。
 殺害された土師淳(はせ・じゅん)くん(享年11)の両親は、6月10日、こんなコメントを出したのだ。

「彼に大事な子供の命を奪われた遺族としては、以前から、彼がメディアに出すようなことはしてほしくないと伝えていましたが、私たちの思いは完全に無視されてしまいました。
 なぜ、このようにさらに私たちを苦しめることをしようとするのか、全く理解できません。(中略)
 もし、少しでも遺族に対して悪いことをしたという気持ちがあるのなら、今すぐに、出版を中止し、本を回収してほしいと思っています」


 ある情報番組に出演した際には、「子供は2度殺された」と語った(以上、このサイトより)。

 山下彩花さん(当時10歳)の母、京子さん(59歳)は6月23日、『絶歌』と謝罪の手紙が、弁護士を通じて男性から届けられたことを明らかにし、新聞各社にコメントを寄せたが、手記・手紙のいずれも受け取らなかった。

「B5用紙にほんの10行ほどが印字されており、まるで本の送付書のようでした。
 これまで来ていた手紙とは内容も性質も大きく異なるため、受け取る気持ちになどとてもなれませんでした」


 遺族の弁護士には、新聞各社など報道関係者・出版関係者なら誰でも連絡できる。
 弁護士に手紙が届いただけでは、「『絶歌』の著者=酒鬼薔薇聖斗」という決定的な証拠にはならないのだ。

 ましてや、パソコンの印字では、筆跡鑑定もできない。
 遺族自身が「これまで来ていた手紙とは内容も性質も大きく異なる」とコメントしていることは、むしろ手紙の主が本人ではない疑惑を抱かせる一因になる。

 コメントは、以下のように続いている。

「(中略)手記が書店に並ぶその日に新聞社から出版の事実を知らされたこと、実名ではなく『元少年A』と匿名で出版していること、遺族や関係者のみが知るべき事実が公にされたこと、Aの手記出版を手助けした人たちが居ることなどを知った当初はショックを受け、傷つき、憤りを感じました。
 しかし時間の経過とともに冷静になり、『元少年Aや出版社の人たちと同じ土俵に立ちたくない』という結論に達しました。(中略)」
産経新聞より)


 こうした遺族の痛み、苦しみは、子どものいない僕の心にすら染み入ってくる。
 それでも、いきなり「サムの息子法」のような法規制を真っ先に論じるのは、おかしなことだ。

 そのように、何でも法律による規制を国民が求めれば、政治権力の側にとってのみ都合が良い(=出版の自由を守りたい民間人と読む自由を守りたい国民にとっては都合が悪い)法律が増えていくことになりかねない。

 出版する自由を行使したいなら、遺族に事前にあいさつに行き、出版の意図を直接説明する程度の責任と義務を果たしておけばいいだけの話なのだ。

 たとえ、遺族の方々から門前払いを食らおうと、兵庫の地元市民から白眼視されようと、その様子をテレビや新聞などに報じられようと、そのあいさつの労力を払うのが、本を作って飯を食うプロが「出版の自由」を主張するために必要な通過儀礼だからだ。

 責任と義務を怠った太田出版と著者は、親が赤ちゃんから大事に育ててきた娘をはらませたのに、娘の両親にあいさつに行かないまま、子どもだけを堂々と誰もが見られるネット上にアップするような恥知らずだ。

 しかも、その子どもを使って荒稼ぎをしているのだから、その事実の意味を十分に理解できた人たちが、太田出版の商法や『絶歌』に対して批判する電話を受けるのも、引き受ける責任の一つ。
 そのことで太田出版の社員たちが日々の仕事がしずらくなるのも、仕方ないことだろう。

 出版倫理を守らない社長の下で働き続ける社員たちも、筋の通らない商売をやる出版社の一員として怒った市民に狙われるかもしれないし、社員の子どもたちも「お前の親、太田出版だろ」と周囲からイジメを受けるかもしれないが、退社しない限り、そうした現実を引き受けざるを得ない。

 しかも、殺人者の本を匿名で出せて、しかも遺族に挨拶も不要でいいという出版社があるなら、太田出版の社長や社員を殺して、堂々と自分の手記を出版できると期待する人も、広いこの社会にはいる。
 そうした想定に備える必要もあると覚悟するしかないだろう。

 それが、身勝手な出版ビジネスを続ける人たちが結果的に負うことになる責任と義務だ。
 そんな大変なリスクを社員たちに背負わせる社長の下で、太田出版の社員たちはガマンしながら働き続けるのだろうか?

 本当の「社会的意味」を理解し、「消費者に安心して事実を届けたい」と願う良心を持つ社員がいるなら、「社内の論理」ではなく、「社会の論理」に従って自分の行動を決めるのではないか?

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 遺族の名前を本の中で平気で使っても、著者の身元を確かめもせずに匿名にして出版したことは、本の消費者を小馬鹿にしているということだ。
 今後、太田出版は、自社出版物に対して水面下で不買が進んだり、『絶歌』の回収を求める声が高まっていく結果を受け入れるしかない。

 もっとも、消費者たちが不買運動を展開したり、『絶歌』の回収を求めて裁判を興しても、太田出版は出版のルールを破り続けたまま稼ぎ続けるだろう。
 それは、「出版の自由」の価値を不当に貶めることになる。

 自由を主張したいなら、太田出版の社長と著者が遺族へのあいさつをするか、記者会見を開いて遺族と購読者、社会への謝罪を一刻も早く表明するしかない。

 それを太田出版がしない限り、「出版前に遺族に挨拶すらしなくても加害者の手記を売り出せる」という悪習慣が出版業界に根付いてしまいかねない。
 すると、話題先行型の匿名著者による本を出して稼ぎたい出版社が、続々と増えてしまう。

 このままでは、「どうせノンフィクション本なんて全部ウソだし、出版社はどこも儲け主義」と考える市民を増やし、出版業界全体に対する不信感を消費者に与える。

 これはもう、太田出版1社の問題ではない。
 ただでさえ本が売りにくくなっている出版業界にとっては、ジワジワと効いてくる大きな大打撃に発展しかねない。

 どういうことか?


■著者の身元不明がもたらす深刻な事態と、今後の対策

 出版ビジネスを自由に進めるには、その自由に見合うだけの責任と義務を守ることが必要となる。
 責任と義務を無視して「出版の自由」や「表現の自由」を主張するのは、出版業界では身勝手な振る舞いだからだ。

 『絶歌』の場合の責任と義務とは、著者の実名・顔写真(あるいは経歴や所属先などの詳細なプロフィール)はもちろん、本の中身でも第三者が検証可能な客観的証拠(事実)を明記することだった。

 それが、「ノンフィクションの手記」と銘記した本を出版する以上、本に対する信頼と価値を購読者に保証する最低限度の条件になるからだ。
(※小説・トンデモ本・オカルト本・宗教本・芸能ゴシップものとして売り出すなら、そうした条件は必ずしも必要ではない)

 「わかる人にはわかる」という内容の本では、客観的な事実を読者に保証したことにはならない。
 責任と義務を果たさない以上、太田出版に「出版の自由」を主張できる権利などありえない。

 それなのに、いつまでも太田出版の「身勝手商法」を野放しにすれば、出版業界全体が沈没する恐れがある。

 もし、身元不明の著者の本でも「ノンフィクション」として売り出してよいなら、「俺が本物の酒鬼薔薇聖斗です」と出版社に言い出せば、誰でも『絶歌 part2』という続編を出版できてしまう。

 それでも買ってくれるバカな人が少なくとも10万人ほど見込めるという市場調査に基づいて、太田出版は「初版10万部」という今日ではありえない大きな数字を発売前から設定したのだろう。
(その読みが当たったのか、5万部を増刷したそうだ)

 書籍の売れ行き不振は多くの出版社が抱える頭の痛い問題だから、「10万部」という誘惑に社長自身が負けて、『いや、私が正真正銘の酒鬼薔薇聖斗』という匿名著者の本を出して稼ぎたい出版社も現れるかもしれない。

 あるいは、べつの大きな事件でも「加害者が書いた」という触れ込みで「匿名著者」の本が全国の本屋に続々と並べられ、堂々と「ノンフィクション」の棚に置かれる事態にも発展しかねない。

 『絶歌』では、新聞とテレビは著者の身元を検証することなく「酒鬼薔薇聖斗が書いた本」と断定的に報じてくれたのだから、匿名著者の本を出したい出版人たちにとっては、「追い風が吹いている」と期待するだろう。

 著者がニセモノであっても本物であっても、それぞれべつの異なる問題が浮上するだけにすぎないが、著者が身元不明であること自体が「ノンフィクション本」に対する信頼を失わせる点で一番深刻な問題なのだ。

 ノンフィクション本に対する市場での信頼がガタ落ちすれば、長い年月と途方もない労力をかけて丹念に現実を取材し、新たな事実を発見した優秀なノンフィクションまで相対的に売れなくなる。
 本を買う人の市場を、「匿名著者」の本が奪っていくからだ。

 出版社にとっては、そんな真面目で重厚なノンフィクションより、匿名著者でサクッと短期間に現金収入になる新刊企画の方が社内会議に通りやすくなるため、丁寧な仕事をする著者の本は出しにくくなり、事実の重みが軽視され、市民にとっては何が事実なのかを知る手立てがどんどん減っていくことになる。

 そこで、真っ先に法規制を求める声が大きくなれば、真面目にノンフィクション本の義務と責任を果たしている出版社まで、規制対象となり、出版する自由を行使できなくなる。

 よく考えてみてほしい。

 新聞・テレビ・ラジオ・雑誌などのメディアは、政府から難癖つけられたり、記者クラブのような団体で権力の下でしか情報を得にくかったり、スポンサー企業に気をつかう報道しかできない。

 書籍は今のところ、完全に自由な言論が表現できる最後のメディアだ。
 むしろ、法規制をかけなくても、業界の健全化を実現できる仕組みを考える方が、市民の「事実を知る自由」を守ることになる。

 自由に伴う責任を果たさない身勝手なビジネスに対しては、これまでも「業界内ルール」を改善することで政治権力から法規制されない仕組みを企業は作ってきた。

 食品偽装の問題で消費者からの信頼を失った食品業界では、生産者から消費者まで届くすべての流通工程を公開するトレーサビリティに努めることで、信頼回復を図り、成果を上げてきた。

 工業製品についても、ISOという国際標準規格を設けることで、公平なビジネスによる過当競争をする仕組みになっている。
 ネジ1つでも、その素材や強度などに客観的な評価ができないと値付けも曖昧になり、多くの顧客に損をさせ、業界全体の信頼を失わせる恐れがあるからだ。

 つまり、商品を作って売る以上、金を払う客の側に信頼してもらえるだけの客観的証拠を明らかに示すことは、今日では世界の常識になっている。

 誰もがみんな、自分の口に入れるものは、安心して買いたいのだ。
 脳に入れる情報だって、事実に基づかないものや、事実かどうかを判断できないものであってほしくはないはずだ。

 だから、『絶歌』のように、著者の身元すら出版社が確かめていない本が堂々と「ノンフィクション」として売られ続けている場合、真っ先に改善策を求める先は、本の消費者に安心して買ってもらいたいと望み、出版ビジネスの健全化を守りたい業界団体になる。

 その業界団体とは、どこか?
 400社以上の出版社が加盟する日本書籍出版協会だ。

 太田出版は、この団体に加盟していない。
 それなら、日本書籍出版協会が、「出版事業の健全な発達、文化の向上と社会の進展に寄与する」ために太田出版を誘い、加盟させ、『絶歌』の回収と絶版、匿名著者によるノンフィクション本の出版の禁止を迫ればいい。

 太田出版が断るなら、全国の書店に配本している日販・トーハンという大手取次会社に働きかけて、『絶歌』の注文の即時停止をお願いすればいい。

 日本書籍出版協会には日本の主な出版社が加盟しており、太田出版のようなあこぎな商法は迷惑であるはずだ。
 協会に加盟している講談社・光文社・小学館・旺文社などの大規模出版社は、日販の大株主であり、トーハンの大株主でもある。

 『絶歌』に不満を持った購読者や、太田出版の「匿名著者」商法を許せない市民たちが、1人でも多く日本書籍出版協会へ苦情を伝えれば、協会や取次会社が太田出版に何らかの制裁措置を施す可能性は高い。

 僕自身は、制裁は寛容である必要があり、今後、どんな出版社もあごぎな商法をとれない仕組みを作れるという成果があれば十分と考える。

 これは、選挙で立候補者へ1票を投じるのと似ている。

 しかし、自分たちの商売を危うくすることを平気でやる同業者がいることは、業界全体への不信感を生む機運を作りかねないという恐れは、経営者なら誰でも敏感に反応する。
 その点は、国民の声をまともに聞かない政治家とは大違いなのだ。

 食品業界や工業業界などがかつて経験した「消費者の不信感」による売上不振が、ただでさえ書籍が売れずに困っている出版業界に与える打撃が大きいことは、同業者を集めて団体を組織し、業界内ルールを作り、まともに商売をやってきた自負のある経営者たちには緊急課題として認知できる。

 たかが新興の弱小出版社のために、業界全体の地盤沈下を加速させるような下手を打つなんて、彼らは許せないはずだ。

 それは、事実をちゃんと知りたい良識的な市民=消費者も望むところであるからこそ、日本書籍出版協会にとっても消費者を味方にできる絶好のチャンスにもなる。

 だからこそ、僕は「『絶歌』(太田出版)への出版差し止め・回収を問い合わせる窓口」というブログ記事も書き、政治家が勝手に作る法律で一律に規制されるより先に、業界内での自助努力が進むことを願っている。


■「読む自由」と「買う自由」は異なる ~消費者=市民の選択が社会と未来を変える

 日本書籍出版協会が消費者のニーズに応えて動くかどうかは、消費者=市民自身の選択にかかっている。

 それは、「事実かどうかわからないノンフィクションしか読めない社会に生きたいか? それとも、誰の目にも明らかな事実を安心して知ることのできる社会に生きたいか?」という選択だ。

 後者を選ぶなら、このブログ記事にあるアクションを勧めたい。

 『絶歌』の出版に意味があったとすれば、それは「匿名著者の自称ノンフィクションには価値が無い」ことを1人でも多くの人が理解するきっかけになったことだけだ。

 酒鬼薔薇聖斗事件で「犯行現場」になった明石市では、市立図書館(同市明石公園)では購入しないと発表した。
 条例に基づき、市のホームページ(HP)などで、市内の書店や市民に被害者遺族への配慮を求めた。

 泉市長は、「個人の思いとしては、手記を買ってほしくないし、書店にも並べてほしくないが、書店やそれぞれの市民が判断することで強制はできない」と話した。

 この市長の判断に対して、「焚書が始まった」とか、「事実上の強制排除だ」などの先走った誤解をする人もいる。
 しかし、著者不明の本のことで毎日心を痛めなければならない遺族を思えば、「配慮を求める」程度のことは行政として精いっぱいの措置だろう。

 外を歩けば、地元でも東京でも本屋があり、ネットを見ても『絶歌』の情報に触れてしまう。

 そんな遺族をとりまく環境の中で、せめて日頃から出歩くことの多い地元の市が、「買う自由」や「売る自由」を阻害しないように折り合いをつけながら「配慮を求める」にとどまったことは、称賛されてもいいぐらいだ。

 今回の『絶歌』騒動で心を痛めているのは、遺族だけでなく、凄惨な犯行現場になったまちで暮らす地元市民も同じだろうから。

 想像してみよう。
 あなたが自分の大事な人間やペットが殺された場合、殺した相手が堂々と「俺、俺、殺した男!」と言ってくるような本が、地元のまちを歩いただけでイヤでも目に飛び込んでくる日常生活に耐えられるだろうか?

 にこやかに笑いながら歩く学生たちの小脇に抱えられている『絶歌』。
 本屋の店頭やオンラインショップにこれ見よがしに並べられている『絶歌』。
 電車やバスに乗っても目に入る車内吊り広告にある週刊誌の見出しの『絶歌』。

 テレビやラジオをつければ不意に聞こえてくる「少年Aの書いた本…」という声。
 図書館やケータイ電話で誰かが尋ねる「サカキバラの本、ありますか?」という声。
 良かれと思って、「心配しなくていいのよ」と周囲の人たちがかけてくれる声。

 そのすべてが、遺族や地元市民にとっては一刻でも速く忘れたい苦い記憶だろう。

 遺族の一人、山下京子さんは、新聞にこうコメントした。

「兵庫県明石市の泉房穂市長が、遺族感情を踏まえ市内2カ所の市立図書館にAの手記を置かない方針を表明されました。
 また、各地の書店でも販売自粛や不買の動きが広がっているようです。
 こうした日本社会の良識に心から感謝するとともに、今回の一連の騒動が、一日も早く最も良い形で収束する事を願ってやみません。
 そして、彼らに振り回されることなく、私たちが歩むべき道を歩いて行くことを彩花は望んでいると信じています」


 そうした遺族の痛みを思い浮かべることもなく『絶歌』を買えたことを喜び、「べつに事実確認を大事にしない社会でもかまわない」とする人たちが一部にいる。

 実際、『絶歌』の著者の身元が不明で、誰が書いたかわからない本であることを、ブログやtwitterで何度訴えても、一部からはこんなレスが平然と届けられた。

「それでも私には関係ない。興味があるから買うだけ」
「ノンフィクション本だって、どう読もうが、買った人の自由でしょ」
「元少年A=サカキバラが書いたという設定で本の世界に入りたいから、余計なお世話」


 もちろん、何を読もうが、どう読もうが、それだけなら読む人の頭の中だけで果たされる自由なので、誰にも迷惑をかけない。
 それは、誰からも否定されない自由だ。

 しかし、「読むこと」と「買うこと」は、意味が異なる行為だ。
 読むだけなら誰も傷つけることは無いが、買うことは多くの人たちに迷惑をかけることがあるからだ。

 税金で運営される公立図書館なら、「知る自由」の原則のために、「買うことで生じる社会的責任」から免れることはできない。
 著者不明の本をわざわざ買い急ぐ必要はないし、入荷の優先度が高くなる正当性もない。

 日本図書館協会の図書館の自由委員会は、こんな声明(全文)を発表した。

「図書館は,正当な理由がないかぎり,ある種の資料を特別扱いしたり,資料の内容に手を加えたり,書架から撤去したり,廃棄したりはしない。
 提供の自由は,次の場合にかぎって制限されることがある。これらの制限は,極力限定して適用し,時期を経て再検討されるべきものである。
  (1)人権またはプライバシーを侵害するもの」


 『絶歌』の著者は、本の中で被害者・遺族の名前を使い、彼らの人権・プライバシーを侵害してる。
 しかも、殺された子は抗弁できない。
 つまり、図書館が提供する自由を制限しなければならない本であり、税金を使って入荷を急ぐ正当性はない。

 こういう本の場合、著者の疑惑が晴れて「本人」だと判明し、ニセモノの著者でないことが確認できてから古本を入荷すれば、税金で出版社と殺人者を肥やすことに加担しなくて済む。

 ニセモノの著者が荒稼ぎを目的に書いた新刊書を購入した場合、全国の図書館員、図書館を支える方々などの個人・施設をあわせて約7,000の会員を擁する日本図書館協会が冷静に事態を理解しなければ、著者に100万円以上、出版社にも300万円以上を市民に税金で払わせることになる(定価1500円×著者印税率10%×会員7000以上)。

 地域の市民はそんなずさんな税金の使い道を許さないだろうし、そんな図書館員の仕事の浅さもとうてい納得しないだろう。

 社会悪は、「自分1人くらい…」から大きく育つ。
 個人の罪悪感が小さい分だけ、生きづらい社会はとても作りやすいのだ。

 でも、その自由に伴う責任なんて果たせるの?
 ポイ捨てゴミで汚れた街、電力の過剰消費による原発稼働や温暖化、政治的無関心による安倍総理の暴走…。

 『絶歌』を売る・買う個人が社会に残した爪痕は、以下の通りだ。

★遺族:『絶歌』がある限り、どこへ行っても大事な人間を失った悲しみを忘れることができない
★太田出版:自社のイメージが悪くなり、自社出版物の不買運動が進んだり、『絶歌』の回収・出荷停止を迫られる
★出版業界:ノンフィクション本に対する不信感が拡大することによって、売上不振が加速する
★市民:事実を丹念に取材したノンフィクションに触れることが減り、事実が何かを知る手立てを徐々に失ってしまう
★著者:いずれ身元がすっぱ抜かれると、日本社会で働けなくなるどころか、生きていけなくなる
★酒鬼薔薇聖斗:匿名による孤立の果てに、自殺や無差別殺傷事件に追い詰められる恐れが日に日に高まってしまう


 売った人も、買った人も、上記のような結果の責任を負えるわけがない。

 でも、ただ一つだけ負える責任がある。
 それは、太田出版に「著者が誰なのか、誰もが納得できる客観的な証拠を出してくれ」と問い合わせることだ。

 その責任を果たしてこそ、「売る自由」も「買う自由」も社会的に容認されうる。
 自分が加担した社会的な悪影響の大きさに比べれば、メールで問い合わせることぐらい、売ったり買ったりすることと同じ程度に簡単なことじゃないか。

 『絶歌』は、著者が身元不明であるために、誰も幸せにしない本なのだ。
 そういう本を買えば買うほど(=売れれば売れるほど)、上記の悪影響はどんどん拡大してゆく。

 『絶歌』を買うことは、買った人自身はもちろん、買った人にとって大事な家族や友人、これから生まれてくる子どもにとっても、誰にとっても生きづらい社会を続けることに加担するってこと。

 『絶歌』を売ることも、売った人自身はもちろん、売った人にとって大事な家族や友人、これから生まれてくる子どもにとっても、誰にとっても生きづらい社会を続けることに加担するってこと。

 「酒鬼薔薇聖斗」事件(神戸連続児童殺傷事件)とは、現実に小さな子どもや猫が次々に殺された事件だ。
 そして、遺族も、遺族を思いやる周囲の人も、事件を知る地元市民も、地元の取材記者も、毎日心を痛めている。

 そんな事件の「加害者」を自称するお化けの本の内容を真に受けて、友人たちどうしで盛り上がるとしたら、それは自分の周囲の人間たちが自分と同じバカばかりだってこと。

 バカの仲間うちではそれでいいと思ってしまうだろうが、社会にはそういうダマされやすいバカたちから金を巻き上げて、リッチになって高笑いする会社がたくさんある。

 『絶歌』のヒットは、著者が誰かを出版社も知らないのにあわてて「売るバカ」「買うバカ」がいるおかげで続き、「稼ぐバカ」である太田出版と著者だけが得する構図だ。

 自分のやってることがわからないバカを釣って儲けるのだから、自社に火の粉がかぶる心配もせず、儲かりすぎて笑いが止まらないだろう。

 でも、「みんなが読んでるから俺も…」なんて、後から『絶歌』を買いに走る人を、友人たちは内心、軽蔑している。
 「コイツ、みんなと話を合わせたいために、わざわざ本を探したんだな。イタいやつだわ」

 いくら好奇心があろうとも、急いで新品を買う必要はない。
 どうしても買いたくなったら、ブックオフやAmazonのユーズドで買うのが賢い選択だ。

 バカを狙い撃ちし、彼らを釣って稼ぎまくりたい太田出版や著者を儲けさせたくないならね。
 それは、ちょっと冷静に考えれば、中学生にでもわかることだ。

 お化けの本で、誰も幸せにしないよのなかにしたいの?
 それとも、著者の身元がハッキリしてる本を安心して読めるよのなかにしたいの?
 
 この問いかけを『絶歌』の発売当初から今日まで一貫して続けているプロの書き手が、僕と、「当人が書いたかどうかも分からないし、当人が書いたとすれば彼にお金を払うのも不愉快」と発言した宮台さんだけなんて、日本のメディアはあまりにも罪深い。

 お化けにすぎない「匿名著者」に振り回されるなんて、もうやめよう。
 『絶歌』を買う人・売る人が1人でも減るように、みんな、助けておくれ。
(このブログ記事のリンクをネット上に拡散したり、地元の市長や知事、図書館や本屋に伝えてほしい)

 きみに名前があるように、誰だって自分の名前を明かした方が、手を差し伸べてくれる人が見つかる。
 「酒鬼薔薇聖斗」本人だって、ネットを使ってる。
 いつまでも「透明な存在」でいるからこそ生きづらいんだってことを教えてあげよう。 




 なお、『絶歌』に関するブログ記事や、上記の記事の「追記」は、コチラ

 今より生きやすい「よのなかの仕組み」を作り出すソーシャルデザインについて、もっと知りたい方は、以下のイベントに足を運んでほしい。

 予約が始まっているので、お早めにチェック!

■7・7夜 大阪でソーシャルデザイン「よのなかを変える人たち」(←クリック)
7-7west.jpg
 7月7日(火) 開場 PM6:30 開演 PM7:30~PM10:30/大阪ミナミ ロフトプラスワンWEST
(※Googleに日本一に認められたホームレス支援、LGBT、動物殺処分ゼロなどの団体が集合)



 なお、上記の記事の感想は、僕のtwitterアカウントをフォローした上でお気軽にお寄せください。

●ソーシャルデザインや社会貢献の活動や事業を取材してほしい方は、この記事を読んでください。

●このブログで100人以上がtwitterで拡散した最近の記事は、以下の通り。
 ■『絶歌』(太田出版)への出版差し止め・回収を問い合わせる窓口
 ■「酒鬼薔薇聖斗が書いた本」の著者が身元不明であることが確定された件(ツイキャス動画)
 ■「酒鬼薔薇聖斗の書いた本」が作る、新たな悲劇の始まりの予感 ~著者の身元の「証拠なし」が確定
 ■著者が「酒鬼薔薇聖斗」である確証を出版社が出さない時点では、本の内容の真偽も不明
 ■ソーシャルデザインの担い手たちの語りを動画で観よう ~6・3新宿ロフトプラスワン イベント
 ■ライターのギャラを安いままにしてると困るのはサイト運営者 ~金で無い価値に気づけ!
 ■気分はもう、戦争。 ~きみの作法は、きみ自身を生きやすくしているか?
 ■第5の虐待「文化的虐待」について本に書きたい ~書籍編集者を公募します!
 ■平和とは「関係」のこと ~「自分だけ良ければ」を主張するほど日本は小国じゃない
 ■『よのなかを変える技術』の目次を発表 ~14歳から読めるソーシャルデザイン入門書
 ■1週間の入院で僕も考えた ~誰かと共に暮らすために必要な自分の価値
 ■「助けてあげるよ」と言い寄ってこられたら、あなたは?
 ■自殺防止の番組で、自殺したくなくなった?
 ■15歳で文化を仕分けされる日本人

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■本の商業出版を考えている個人・法人の方は、こちら(※もうすぐ〆きります)

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■『絶歌』(太田出版)への出版差し止め・回収を問い合わせる窓口 ~買った人も、買わない人も


 僕の書いた以下のブログ記事が、大反響になった。

 以下の2本の記事は、いずれも2000名以上の方がRTしてくださったほどだ。

■著者が「酒鬼薔薇聖斗」である確証を出版社が出さない時点では、本の内容の真偽も不明
 http://createmedia.blog67.fc2.com/blog-entry-299.html

■「酒鬼薔薇聖斗の書いた本」が作る、新たな悲劇の始まりの予感 ~著者の身元の「証拠なし」が確定
 http://createmedia.blog67.fc2.com/blog-entry-303.html

■「酒鬼薔薇聖斗が書いた本」の著者が身元不明であることが確定された件(ツイキャス動画)
 http://createmedia.blog67.fc2.com/blog-entry-304.html


 おかげで、常見陽平さんがこんな記事を書いてくれたり、Facebookで紀藤弁護士にほめられたり、宮台真司さんにこのツィートをRTされるなど多方面から支持され、多くの人が冷静にこの騒動を考え直してくれたことを感謝したい。

 でも、同時に、「どうすれば出版を差し止められますか?」という趣旨の問い合わせがtwitterやメールなどで届くようになった。

 もちろん、誠意をもって1つ1つ応えたい。
 けれど、すべてに答えていくのは手間がかかるし、端的に時間がもったいない。

 もう、あの本に関するブログ記事を書くつもりはなかったけど、不本意ながら、問い合わせに関する窓口の情報を公開しておくので、これ以上はご勘弁を。


★太田出版(電話・FAX・メール・郵送)
 『絶歌』の著者に関して、出版元の太田出版は身元を証明するものを読者に一切明らかにしていない。
 「本を読めばわかる」と、買うことだけを勧めてる。
 それは、客観的な証拠ではないのに。
 それを不審に思った購読者には、直接問いただす権利がある。
 http://www.ohtabooks.com/info/company.html
 http://www.ohtabooks.com/contact.html

★『絶歌』を「酒鬼薔薇聖斗が書いた」と報じたテレビ番組(電話・FAX・メール・郵送)
 『絶歌』の著者を「酒鬼薔薇聖斗」である証拠を出版社が何も出してない段階で、平然と「酒鬼薔薇聖斗が書いた」と報道したテレビ番組を見たら、その番組を放送したテレビ局か、BPO(放送倫理・番組向上機構)にどうぞ。
 http://www.bpo.gr.jp/?page_id=1119

★『絶歌』の広告に関する苦情・相談(電話・FAX・郵送)
 太田出版が著者の身元を明らかにしない段階で新聞や雑誌などに『絶歌』の広告を出していたら、JARO(日本広告審査機構)に。
 http://www.jaro.or.jp/ippan/gosoudan/index.html
 https://kaiin.jaro.or.jp/tvcm/index.asp(※意見のみ/メール)

★『絶歌』の出版倫理(メール)
 出版差し止め・不買・回収などについて、出版業界全体でどのような行基内ルールを作っていく予定があるのかについては、出版社が集まって健全な出版文化を築く趣旨で組織されている日本書籍出版協会へ。
 http://www.jbpa.or.jp/contact/index.html

★『絶歌』の配本・入荷・注文(メール)
 各出版社から全国の書店に配本する取次大は、日販とトーハン。
 https://www.nippan.co.jp/inquiry/(日販)
 https://www.tohan.jp/contact/input(トーハン)
 取次業界の代表的団体の日本出版取次協会は、下記。
 http://www.torikyo.jp/info/index.html

★『絶歌』の図書館への入荷・貸出(メール・twitter)
 日本の図書館を代表する総合的な全国組織は、日本図書館協会。
 https://www.jla.or.jp/inquiry/tabid/76/Default.aspx
 https://twitter.com/JLA_information

★『絶歌』の書店での扱い
 日本書店商業組合連合会(略称=日書連)の公式サイトの中に、あなたの地元の書店商業組合のサイトへのリンクがある。
 http://www.n-shoten.jp/information.html(※サイトの下の方へ)


 どんな人も、疑問や批判など自分の意見があるなら、太田出版もしくは関連団体に直接、問い合わせてほしい。

 自分のお金を出して本を買った人には、太田出版へ著者の身元について納得いくまで尋ねる権利がある。
 「元少年A」という匿名で本を売る自由と権利を出版社が行使するなら、消費者に対して説明する責任と義務が生じるのは当然。

 その問い合わせに対してどんな答えが返ってきたかをネット上にさらすことも、発売当初から「酒鬼薔薇聖斗が書いた本」という新聞・テレビの報道を鵜呑みにして出版社と著者を儲けさせた購読者の社会的責任の取り方の一つだ。

 僕は、この本を買っていない。
 買いたくもない。

 どうしても読みたい人は、2chに全文データをアップした人がいるので、twitter検索で探して自己責任でどうぞ。
 太田出版が著者の身元に関する客観的な証拠を公開するまでは、僕は本の中身に全く関心をもてない。

 何度も指摘しているけど、今回の騒動の最大のポイントは、「元少年A」が酒鬼薔薇聖斗である確かな証拠はどこにも無く、出版社自身が著者が誰かを読者に示せないまま、「ノンフィクション」という触れ込みの本だけが販売され続けていることにある。

 著者不明の商品が流通し続けることは、著者が殺人者であった場合よりも、はるかに道義的責任が重い。

 「事実を書いた」という価値が判断できない商品でも売っていいなら、書店のノンフィクション・コーナーに置かれた本全体のイメージが悪くなり、「どれもどうせウソが混じってるんだろう」という視線を持つ読者が増え、本や事実を取材する価値の凋落を招きかねない。

 これは、書店・取次・出版社のすべてにとって商売を危うくするだけでなく、読者自身も、まともに事実を取材した本を読みたくても読めない時代を招きかねないってことなんだよ。
 だからこそ、『絶歌』がいつまでも流通することは、日本社会の全体にとって好ましくないんだ。

 僕は一刻も早く出版業界の関連団体が太田出版に対して、出版差し止め・回収など何らかの処分・制裁をしつつ、業界内のビジネスを健全化できるようなルールを策定して、読者を安心させるだけの良質な出版文化を作れる仕組みを作り出す必要があると考えてる。

 法制化を求める国民の声より先に、そうした業界内ルールを作らないと、困るのは業界で働く人だけでなく、国民全体であることにピンと来てほしい。

 だから、一般の市民=読者が無理なくできるアクションとして、上記のように問い合わせ窓口を紹介した。
 他にも、自分の住む町で最寄りの図書館や書店に問い合わせることも大事だろうが、そのへんは自分の頭で考えてほしい。

 僕は『絶歌』の出版によって、著者が本人であろうとなかろうと、酒鬼薔薇聖斗「本人」は今後、追い詰められ、自殺か再犯かに追い詰められ、罪もない第三者が巻き添えを食いかねないと懸念するので、この話題は気が重いのだ。

 なので、本当にこの騒動の話題は、もう書きたくない。

 むしろ、この日本社会が、もっと誰にとっても生きやすいものにできるよう、民間で市民自身が試みているさまざまなアクションを取材・執筆・紹介することに時間と労力を割きたい。

 その方が毎日ワクワクした気分で生きていられるし、この窒息しそうな空気の中に一条の光を見る思いがするからだ。


 今より生きやすい「よのなかの仕組み」を作り出すソーシャルデザインについて、もっと知りたい方は、以下のイベントに足を運んでほしい。

 予約が始まっているので、お早めにチェック!

■7・7夜 大阪でソーシャルデザイン「よのなかを変える人たち」(←クリック)
7-7west.jpg
 7月7日(火) 開場 PM6:30 開演 PM7:30~PM10:30/大阪ミナミ ロフトプラスワンWEST
(※Googleに日本一に認められたホームレス支援、LGBT、動物殺処分ゼロなどの団体が集合)



 なお、上記の記事の感想は、僕のtwitterアカウントをフォローした上でお気軽にお寄せください。

●ソーシャルデザインや社会貢献の活動や事業を取材してほしい方は、この記事を読んでください。

●このブログで100人以上がtwitterで拡散した最近の記事は、以下の通り。

 ■著者が「酒鬼薔薇聖斗」である確証を出版社が出さない時点では、本の内容の真偽も不明
 ■ソーシャルデザインの担い手たちの語りを動画で観よう ~6・3新宿ロフトプラスワン イベント
 ■ライターのギャラを安いままにしてると困るのはサイト運営者 ~金で無い価値に気づけ!
 ■気分はもう、戦争。 ~きみの作法は、きみ自身を生きやすくしているか?
 ■第5の虐待「文化的虐待」について本に書きたい ~書籍編集者を公募します!
 ■平和とは「関係」のこと ~「自分だけ良ければ」を主張するほど日本は小国じゃない
 ■『よのなかを変える技術』の目次を発表 ~14歳から読めるソーシャルデザイン入門書
 ■1週間の入院で僕も考えた ~誰かと共に暮らすために必要な自分の価値
 ■「助けてあげるよ」と言い寄ってこられたら、あなたは?
 ■自殺防止の番組で、自殺したくなくなった?
 ■15歳で文化を仕分けされる日本人

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

■本の商業出版を考えている個人・法人の方は、こちら(※もうすぐ〆きります)

■会社に雇われない働き方について相談したい方は、こちら

■NPO活動に毎月20万円程度の資金を調達したいなら、こちら

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■7月7日の夜、大阪ミナミのロフトプラスワンWESTで『よのなかを変える人』たちと一緒に飲もう!


 民間で市民自身が今より生きやすい「よのなかの仕組み」を作り出すソーシャルデザインについて知りたい方は、以下のイベントに足を運ぼう!

 予約が始まっているので、お早めにチェック(※車椅子利用者も入場OK)。

■7・7夜 大阪でソーシャルデザイン「よのなかを変える人たち」(←クリック)
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 7月7日(火) 開場 PM6:30 開演 PM7:30~PM10:30/大阪ミナミ ロフトプラスワンWEST
(※Googleに日本一に認められたホームレス支援、LGBT、動物殺処分ゼロなどの団体が集合)

 大阪~関西エリアの方々に、このイベントを面白がってもらいたいので、出演者たちの一人=小幡和輝くんが以前にトークイベントに出演された際の動画を下記にお見せします。



 大阪では、小幡くんの最新の事業活動や、彼の周辺のより若い世代の動きまで、根掘り葉掘り聞く予定です。

 このイベントを広報したいので、下記の僕のツィートをRT(リツィート)していただけると、うれしいです!



 このイベントの主催者の僕が早稲田大学で講義した「ソーシャルデザイン白熱教室」の動画も面白いですよ!



 6月に行われた「おもろいヤツが、よのなか変える 東京版」は、下記をご覧ください。



■7・7夜 大阪でソーシャルデザイン「よのなかを変える人たち」(←クリック)
777.jpg
 7月7日(火) 開場 PM6:30 開演 PM7:30~PM10:30/大阪ミナミ ロフトプラスワンWEST
(※精神障がい者の地域活性、ろう者のバリアフリー、セックスワーカーの職場環境改善などの団体も大集合!)

 ソーシャルデザイン/ソーシャルビジネスについて予習したい方は、下記の本を読んでみて!



 なお、上記の記事の感想は、僕のtwitterアカウントをフォローした上でお気軽にお寄せください。

●ソーシャルデザインや社会貢献の活動や事業を取材してほしい方は、この記事を読んでください。

●このブログで100人以上がtwitterで拡散した最近の記事は、以下の通り。

 ■著者が「酒鬼薔薇聖斗」である確証を出版社が出さない時点では、本の内容の真偽も不明
 ■ソーシャルデザインの担い手たちの語りを動画で観よう ~6・3新宿ロフトプラスワン イベント
 ■ライターのギャラを安いままにしてると困るのはサイト運営者 ~金で無い価値に気づけ!
 ■気分はもう、戦争。 ~きみの作法は、きみ自身を生きやすくしているか?
 ■第5の虐待「文化的虐待」について本に書きたい ~書籍編集者を公募します!
 ■平和とは「関係」のこと ~「自分だけ良ければ」を主張するほど日本は小国じゃない
 ■『よのなかを変える技術』の目次を発表 ~14歳から読めるソーシャルデザイン入門書
 ■1週間の入院で僕も考えた ~誰かと共に暮らすために必要な自分の価値
 ■「助けてあげるよ」と言い寄ってこられたら、あなたは?
 ■自殺防止の番組で、自殺したくなくなった?
 ■15歳で文化を仕分けされる日本人

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■本の商業出版を考えている個人・法人の方は、こちら(※もうすぐ〆きります)

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