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■「大学に行かない」という豊かさをどう自分で作り上げるか?


 イケダハヤトさんのこのブログ記事が、ネット上の一部で話題を集めている。

 『錦織圭や石川遼はマックでバイトしない―「大学に行かない若者」と接して』と題されたこの記事の主意は、「一刻も早く自分と、自分の思い描く事業を成長させていきたい」昨今の若者にとって「(マクドナルドのような安い自給で)バイトする時間がもったいない」と避け、自分のしたい事業や活動を優先することには肯定的でいたい、というもの。

 そうしたイケダさんの記事に対しての違和感を述べた反応は、おおむね次のようなものだった。

★マクドナルドでのアルバイトを「マックジョブ」と侮蔑的に受け取られかねない表現で引用している

★バイトをしなくては生活や進学もできない所得層を置き去りにして大学進学の是非に言及している

★「錦織君とか石川遼はバイトしない」と同様にアグレッシブで優秀な若者たちはごく一部なのに一般化している



 さて、イケダさんの短い文章の記事と、それに対して違和感を覚えた読者の双方を俯瞰してみると、どちらも現実の断片を語っているに過ぎず、むしろ両者が合わさってこそ現実の実相をとらえやすいと、僕自身は考える。

 自分のやりたいことを親から応援され、それができる境遇を許されるだけの所得層の家の子たちは、「中流」の暮らしが今後も揺るがない程度以上の資産層で育てられてきたのだろう。

 しかし、その一方で、自分らしい仕事をしたいと考えても、「とにかく大学だけは出ておきなさい」と保険をかける以外の選択肢を絶対に認めない親の下で、自分の進路の選択肢を強権的に奪われている子たちもいて、彼らは大学に行かないということが主体的に選びにくい。

 そうした子の親の資産は「中流」を維持し続けることに不安を覚える程度なので、親子関係が折り合うこともなければ、子どもの夢が大学とは別のところにあったなら当然のように否定し、応援もしない。

 もちろん、それはあくまで「傾向」にすぎないので、個々の親子関係はそれぞれに違うだろうが、ここでは問題を簡略化するために、親の資産と子どもの主体的な夢に対する肯定度合いは比例すると仮定しておく。

 もっとも、大学にわが子を進学させないと、大卒並みの給与を得られないという呪縛、あるいはそうした幻想に裏付けられた同調圧力は、大学全入時代を迎えて最高学府としての大学の価値が平均的にデフレしてしまった今日では、薄らいできたのも事実。

 つまり、ここ30年の間に「無理やり大学に行かせなくてもいい」とか、「わが子が好きなものに目覚めたのなら挑戦させてやりたい」と思う親たちが増えてきた結果、イケダさんのいうように「安いバイトよりも好きな仕事をすることに時間をかけたい」(=みんなと同じように18歳で大学に入るという選択肢を絶対視する必要はない)若者たちが増えてきており、それは今後も増えていく一方だから将来的には一般化できる。

 イケダさんのこの主意に対して違和感を持っているとしたら、それはイケダさんや僕のように若者取材をしている人が少ないために、自分の周囲の偏った人脈でしか時代状況を判断できずにいるだけだ。

 問題はむしろ、その先にある。

 大学に行かない=自分のやりたいことだけをやる=事業も人生も成功!?
 そんな単純な右上がりコースなんて、実際にはありえないだろう。

 なぜなら、社会というものは、自分の関心外の領域の豊かさに気づかない限り、
その全体像が見えず、見えないままなら事業もいずれ頭打ちしてしまうからだ。

 いつかは自分のしたくないことをあえて経験し、自分自身が関心外にしてきたために
見えなかった領域を直視する経験を問われることになる。

 それが「他者」を知り、「社会」の豊かさを知るということなのだ。

 だが、そうした大きく目を開く経験は、自分を不自由にする環境下で不自由に気づき、
不自由と戦い、自ら突破口を作る経験からしか生まれない。

 それは、たとえば「時給は安いが、学べるものが多いバイト」だったり、「会いたくもない学生や大嫌いな教授がいるが、黙って90分間も座っていなければならない大学の教室」だったりする。

 Z会の寺西隆行さんは、東大時代、「時給5,000円の家庭教師と並行して、時給800円くらいのマクドで働いていました」とfacebookに書いている。

「社会人になって、今の自分の糧になったアルバイトを1つだけ選べ、と言われたら、
文句なしに『マクドナルド』と答えます」

 これこそ、「他者」を知るためにあえてする経験のひとつだ。
 しかし、そうした「あえてする経験」が自分に必要だと気づく若者は、残念ながら少ない。

 より自分らしいものを求めれば求めるほど、偏狭な自分の世界しか掘り下げられず、
それが自分の発想や行動の範囲を狭くしてしまうことは、よくあることだ。

 言い換えれば、自由に振舞えば振舞うほど、不自由になっていき、
いつかは見えないかごの中を走り回るマウスのような焦りを覚えてしまうのだ。
 
 「大学なんて行く必要はない」というブログ記事を書き、イケダさんに今回の話題の記事を書くきっかけを作った上田和真さんは、「大学進学を見送って新しい生き方を模索している当事者」と名乗っている。

 僕が高校生だった80年代初頭ですら、進学校に通っていてもあえて大学に進学せず、
演劇の専門学校に入った人もいたし、今日でも2人に1人の高校生は大学に進学していない。

 親の所得と子どもの学歴が比例関係にあるのは、周知の事実だ。
 行かないのではなく、行けない子の存在も知ったうえで「社会」の全体像を語ろうじゃないか。

 大学に進学しないことはちっとも「新しい選択肢」などではない。
 
 高校を中退して朝日新聞社系列の週刊誌『AERA』の記者に成り上がった若者もいれば、山形県の奥地で中3の頃からひきこもりして30歳を過ぎてから近所の高齢者に自宅出張してパソコンを教えて年収1000万円になってる若者だっている。

 僕のように毎日が取材・調査のライター仕事をしていると、世間が「少数派」と勝手に決めつけていながら、実際はものすごく多い人数の「少数派」が大学進学のような凡庸な生き方を採用せず、自分らしく稼いでいる実例をたくさん発掘してしまう。

 つまり、「例外」(=個別の人生)の生き方の見本は現実の中に既に豊富にあるのに、高校生までは教育業界しか知らない世間知らずの教師と一緒に進路指導なんてのに付き合ってしまうから、「大学に行く・行かない」という問題がさも大きなことに思えてしまうのだろう。

 …などと、マス・イメージとしての教師像をあえて持ち出したが、これも現実には変わりつつある。

 商業科や農業科など普通科ではない高校では、学校を挙げてビジネスを実習として教えていたり、学校自体がネットショップを生徒と一緒に運営していたり、そうした現場の傾向を受けて多くの大学も高校生向けビジネスプランコンテストを盛んに開催するなど、高校は今、少子化による学校自体の生き残りを賭けて、学力偏差だけでない新しい価値として、大学に進学しない高校生にこそビジネスを発想・開発・実践させている。

 今後はもっと普通科の進学校卒でない若者たちが地元でどんどん起業し、地域活性の担い手になっていくんじゃないかな?

 実際、テレビドラマにもなった「高校生レストラン」も、卒業生たちが自分たちの店をべつに持つようになったし、被災地の復興活動でも大学生が地元の物産を売り歩く「復興girls*」も登場したし、気仙沼では地元に元気を取り戻すために「ご当地アイドル」まで生まれた。

 このように、自分や周囲にとって切実な問題(=社会的課題)に直面したら、それをみんなで解決できるための事業を生み出すようになるのだ。

 それこそ、社会起業(ソーシャルビジネス)の成り立ちそのものだ。

 ところが、自分自身が切実な問題を自覚できない、あるいは問題に悩める「他者」の気持ちにシンクロできないと、社会起業がどうしてこんなに流行りつつあるのか、ピンとこない。

 自分の負っている苦しみが切実でない人、あるいは自分の苦しみを直視したくない人には、「他者」の苦しみはいつまでも他人事なのだ。

 だから、「大学なんて行く必要はない」というブログ記事に対するコメントに「社会起業の紹介シンポジウムだったかそのようなのに行った時、少しその社会起業の中身や影響力、クオリティというものに落胆」と書いてしまう女子高校生(当時)が出てきてしまうのも、ある意味、当然なのだ。

 ちなみに、上記の彼女が見たシンポジウムは僕が企画・運営していた「社会起業支援サミット」かもしれない。

 そのイベントは2010年までに全国27都道府県で開催したものだが、
どこでも10団体前後の地元の社会起業家が出演してきた。

 おそらく彼女は、高校生当時には、世の中にある多くの社会的課題の切実さをきっと理解できなかったのだろうし、それゆえに社会起業家の実際のビジネスや解決の仕組みの凄みを理解するだけの社会経験がなかったはずだろうから、「このような限られた世界でなくもっと根本的な物に目を移していく事になりました」と書いてしまう浅はかさも愛嬌だ。

 彼女もまた、より自分らしい方向へ歩もうとして不自由に陥っていることに気づかないまま、なのだ。
 もっとも、それが若さゆえの過ちというものだろうし、自分探しの青春物語にすぎない。
 だから、彼女は何のためらいもなく、こう書いている。

「早稲田や慶應などの大学は多様性で溢れていると思うのです。
 自分と価値観の合わない人、自分とは全く違う物を見ている人、大歓迎。
 ネットでは類は友を呼びますが、大学には類以外もいる。
 大学でなら出会えなさそうな人にネットでは会えますが、
 ネットでは出会わなそうな人に大学では会える」

 これは、自分は大学のような嫌いな人や関心外の人にも会ってしまう教室に閉じ込められない限り、自分自身では自発的に自分の頭で考えて自分の見識を広げることができないと宣言しているようなものだ。

 つまり、「大歓迎」と言いながら、自分からは関心外には出向こうとしない受け身の構え。
 自分で「あえてする」自己決定的な構えではない。

 だから、「早稲田や慶應などの大学は多様性で溢れている」と平気で書けてしまう。

 あまりにも大雑把な印象批評だし、そもそも大学に行っていない人たちのほうがよっぽど多様性に満ちていることにも気づかない。

 自分の関心内だけで自由に好きなものだけに浸ろうとすれば、それは口先だけの「大歓迎」に終わる。
 他方、本物のプロは、若いうちから「あえて関心外に向かう」傾向がある。

 錦織君とか石川遼君は、バイトこそしてこなかっただろうけど、
それとはべつの「あえて関心外に向かう」ことをしてきたはずだ。

 それが具体的に何なのかは、彼らに張り付いている専属ライターの著書を読めばいい。
 きっと、「大学に行くべきかどうか」なんて悩み方は、彼らは大してしなかっただろう。

 そして、大学に行かない代わりに「フリーランスにリラックスした生き方を提案するようなポジティブな人生設計」なんて発想もしなかっただろう。

 なぜなら、自分の腕1本で実力勝負の世界に生きているプロなら誰もがそうだが、自分にとって「関心外」の中にある豊かなものをまだ知らないでいる小さな自分にこそ「のびしろ」を感じ、それをまだまだ成長できる担保として明日への希望に転化できているからだ。

 関心外にある何かは常に自分に緊張を強いるため、「リラックス」や「ポジティブ」とは縁遠いものだが、プロの仕事はリラックスできないものをリラックスできるものへと変えていく不断の努力の中にしか生まれようがないし、苦しいものを楽しめる作法をそのつど創造していく日々の作業の中にしか培われないことを知っているのだ。

 ちなみに、僕は1浪後に早稲田大学第一文学部に入ったが、3ヶ月で辞めた。
 その経緯は自著にいろいろ書いたが、仕事上で僕に学歴を尋ねた人はほとんどいない。

 僕自身は、「早大文学部卒→マスコミ就職」というお決まりパターンで一山いくらの業界人になりたいなんて望まなかったし、自分らしく生きるためにはみんなと同じ場所から離れるほうが正解だと思っていたし、仕事なんてそもそも自分で作るものだと思ってた。

 大学に行かないからこそ得られる豊かさはある。
 しかし、それはあくまで自分自身で開拓していくものだ。

 だから、コネもツテも売り込みもノウハウもないまま、25歳で独立して出版業界に入ってきた。

 誰かに支援なんかしてもらっていたら、自分の頭で考えて自在に営業したり、クリエイティブに企画書を書いたりするスキルも身につかなかっただろう。

 若い時こそ、「SNSで人探し」なんていう誰もがやりそうな凡庸で楽な道を蹴ってみればいい。
 ホントは、そのような何もない環境をあえて作るところから人生が面白くなるのかもしれないぜ。





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